夜の薄暗い街に佇む古びた神社。
周囲には度々訪れる怪しい噂が絶えなかった。
特に、神社の裏手に位置する深い井戸にまつわる話は恐れられていた。
「遭い井」と呼ばれるその井戸には、あらゆる人間の負のエネルギーが集まると言われ、そこに近づいた者は決して戻らないという。
ある夏の終わり、大学生活を楽しむために東京から帰省した青年、隆一は友人たちとともに、その神社を訪れた。
友人の健太が「ここで怖い話でもしようぜ!」と提案し、みんなが賛同すると、彼らは井戸の傍らに集まり始めた。
数メートル先には、月明かりに照らされた古い井戸が黒い影を落としている。
「この井戸には、本当に人が飲み込まれたって伝説があるらしいぞ」と、友人の雅美が言った。
彼女は元々、昔から怖い話が好きで、少し笑いながら話を続ける。
「もし、本当に誰かがここで呼ばれたら、どうなるんだろうね…。多分、また誰かを呼ぶために、そこに留まってるんじゃないかな。」
若い衆は好奇心に駆られ夜の雰囲気に酔いしれ、話はどんどん盛り上がっていった。
隆一はそんな様子を見つつも、井戸に対する恐怖が頭の片隅に残っていた。
何故か意識が井戸の深さに引き寄せられていく。
彼は自分の足が井戸の方へ向かっていることに気づいた。
「隆一、どうしたの?」と雅美が心配そうに声をかける。
しかし、その問いかけは虚しく響く。
彼は無言で井戸の縁にしゃがみ込み、下を覗き込む。
その瞬間、井戸の奥から冷たい風が吹き上がり、隆一の髪を揺らした。
彼の目に映ったのは暗闇の奥、微かに光る何かだった。
友人たちは気づいたが、隆一の視線は固定されたままだった。
「来い、私のところへ…」という声が、頭の中で響く。
彼はその声に呼ばれ、思わず手を伸ばしてしまった。
「隆一!」健太が大声で叫び、他の友人たちも彼に駆け寄る。
しかし、隆一の意思はすでに井戸の底に、見えない何かに引き寄せられていた。
周囲の風が強くなり、深い謎の力が彼に覆いかぶさる。
「逃げろ!隆一、戻ってこい!」雅美が泣き叫ぶが、隆一の表情は変わらなかった。
彼は気づいていなかった。
彼の身に起こっていることは、単なる「好奇心の罰」ではなく、もっと恐ろしい「運命の引き寄せ」だったのだ。
その後、井戸からは隆一の声は聞こえなくなり、友人たちはパニックに陥った。
恐怖に駆られた彼らは、急いでその場を離れようとしたが、まるで足が地面に吸い寄せられるように動けなかった。
気がつきゃ月の光も隠れ、闇が濃くなっていた。
健太たちはやっと動き出し、心臓が高鳴るまま神社を逃げ出した。
しかし、井戸から伝わる不気味な低音が、後ろで響いている。
彼らは振り返ることができず、夜の闇を全速で駆け抜けた。
数日後、隆一の姿はどこにも見当たらなかった。
警察が探しても、近所の人たちも何も知らないと言っていた。
そして、彼が井戸に手を伸ばしたその瞬間以降、「遭い井」での新たな話が広まり、新しい伝説が生まれた。
月日が流れても、隆一のことを知る者は少なくなり、井戸の存在は忘れ去られていく。
しかし、誰かが噂に耳を傾け、奥深くにある井戸を覗き込む時、消えた命の呼びかけが静かに響くのだろう。