「呼ばれし影の道」

夜の小道を歩く護は、肌寒い風に背筋をぞくぞくさせながら、家に向かっていた。
その日も仕事が遅くなり、ひと気のない街を一人で歩くのはいつものことだった。
特に何も感じず、早く家に帰りたいという思いだけが頭をよぎる。

その時、護の耳に何かの音が聞こえた。
微かに、だが確かに彼を呼ぶ声だった。
「護……護……」。
振り返っても誰もいない。
いつも通りの街並みで、ただ、亜麻色の街灯が淡く光を放っているだけだ。
護は気のせいだろうと自分に言い聞かせ、再び歩き出した。

だが、数歩進むと、再びその声がした。
「護、私を見つけて……」まるで背後から、耳元でささやかれたように感じた。
護は不安が募り、小道を早足で進む。
そんな風に急ぐことで、声がかき消されるのを期待した。

小道の突き当たりにあるトンネルに来ると、その声はますます強まった。
「護、そこにいるの?」思わず立ち止まり、トンネルの中を覗き込んだ。
薄暗い中、奥の方にぼんやりとした影が見える。
護は恐怖と好奇心が交錯し、一歩踏み込んでみることにした。

トンネルの中は冷たい空気に包まれていた。
声がより近くに感じられる。
影の正体を確かめるため、護は足を進めた。
すると、影がゆっくりと姿を現した。
それは女性の姿で、護の昔の友人、由美だった。
彼女は微笑みながら彼を見つめていた。

「由美……?どうしてここに?」護は戸惑いながらも、彼女の名前を口にした。
由美は何か言いたげに口を開くが、言葉は出てこない。
ただ、護をじっと見つめるばかり。
その瞳には悲しみと請いが宿っていた。

「お願い、護。私を正しく見つけて……」由美は言い、手を伸ばして彼に触れようとした。
しかし、その手は空を掴むように、護には届かなかった。
その瞬間、護は胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
彼女は何か大切なことを伝えようとしているのだ。

「由美、何があったの?どうしてこんなところに……」護は問いかけた。
すると、トンネルの中が一瞬明るくなり、彼の頭の中に映像が浮かんできた。
由美が事故に遭った時の記憶が、鮮明に甦ったのだ。

護はその時、彼女が何か特別な思いを持ってここにいる理由を理解した。
由美は未練があり、この世に残されているのだ。
彼女は自分の死を受け入れられず、その思いが強くなってトンネルに引き寄せられているということを。

「護、私……」由美の声がさらに深く響く。
「私はあなたに助けを求めているの。私の思いを計って、正しく解放してほしい。あなたにはそれができるはず……」

護は震えながら彼女の目を見つめ、頷いた。
「分かった、由美。君を助ける。君の思いを解放するよ。」護はその言葉を口にすることで、自分自身も強くなるのを感じた。

「ありがとう、護……」由美は嬉しそうに微笑み、そしてほんのりと光を放ち始めた。
トンネルの薄暗さの中で、彼女の周りに光の粒が舞い、次第に形を変えていく。
護の心は高鳴り、同時に悲しみがこみ上げてきた。

「これで、あなたの思いを解放するから……」護は心の中で彼女の未練を解き、本当に自由にしてあげたいと願った。
その瞬間、由美の姿が光に包まれ、まるで彼女自身が闇を消し去るかのように、少しずつ消えていった。

「さようなら、護。ありがとう……」その言葉を最後に、由美の姿は消え、トンネルはしんと静まった。
護はその場に立ち尽くし、自分のやったことの意味を考えた。
彼の心には、新たな安らぎが訪れ、やがて彼もまた、その小道を自信を持って歩き始めた。

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