古い村に伝わる言い伝えがあった。
その村の外れにある、朽ち果てた小屋。
誰も近寄らないその場所には、かつての住人である女性の亡霊がいると言われていた。
彼女の名前は美紀。
若い頃に病に倒れ、まだ思い残すことがたくさんあったまま、この世を去ったという。
美紀の亡霊は、彼女の夢を叶えられなかった人々を待ち続けているとのこと。
村の人々は、それを「願い事の呪い」と呼び、決して小屋に近づかないようにしていた。
美紀が自らの願い事をかなえさせるために、その者たちと契約し、願い事を奪うのだと言われていた。
ある夏の日、都から里帰りした若者の名は健二。
彼は子供の頃、祖父から聞いた美紀の話を思い出し、少し興味を持っていた。
友人たちと共に、遊び半分でその小屋に行くことにしたのだ。
日が沈む頃、彼らは小屋に近づいた。
厚い木の扉はひんやりと冷たく、少し開けるだけでもこわばった空気が溢れ出た。
中に入ると、薄暗い廊下が続き、壁に掛けられた写真には、美紀の若かりし頃の姿があった。
その美しい顔立ちと、目に宿る寂しさから、健二は何か強い引き寄せを感じた。
「これが、あの美紀の写真か…」健二が呟くと、友人の一人が、興味本位で「願い事をしてみたら?」と言い出した。
彼は最初は冗談だと笑い飛ばしたが、気が付けばその流れに乗ってしまっていた。
「それじゃあ、けんじ君が願い事を言う番だよ」と、皆が期待の眼差しを向けてきた。
健二は躊躇いながらも、「美紀さん、僕の願いを聞いてください。大学入試に受かりますように」と、声を発した。
すると、突如として小屋の中が寒気に包まれ、冷たい風が吹き抜けた。
友人たちは驚いて目を見合わせ、ビクビクしていた。
「願いとは、代償が伴う。それを覚悟するがいい。」
その瞬間、美紀の透明な姿が現れ、彼女は優しく微笑みながらも、その目にはどこか暗い影があった。
彼女の言葉に健二は震え上がり、全く理解できなかった。
友人たちを見たが、もう彼らは彼を心配する余裕さえ失っていた。
美紀の声はささやくように続く。
「あなたの願いは叶えてあげる。しかし、私の願いも叶えてくれるかしら。」その言葉に、健二は思わず口を開いた。
「え、何を…?」
「私の名前を呼ぶのです。何を知っているの、あなたは。私の存在を消させないで。」
恐怖は倍増したが、健二は口を開いたまま言葉が出てこなかった。
何かを感じたのだ。
美紀の苦しみ、そして彼女が願っていることが。
思い出すうちに、彼女の言葉が呪いに変わった。
友人たちはとっさに小屋から逃げ出そうとしたが、急に扉が重く閉ざされ、脱出できない。
彼らの周りは霧に包まれ、焦る心のまま、健二は叫んだ。
「ごめんなさい、願い事をやめます!」
美紀は笑みを浮かべ、「あなたの生死は私のもの、嘘をつくことの代償も払うことになる」と言い放った。
その瞬間、彼の心に冷たい恐怖が走り抜けた。
やがて霧が晴れると、健二は一人だけその場に立っていた。
友人たちはどこにも見当たらない。
そして、小屋は静まり返っていた。
それから数日後、健二はひょんなことから特別な奇跡に与り、彼の大学入試は見事に成功した。
しかし、友人たちの消息は行方不明のままだった。
彼は時折、夢の中で美紀と再会することがある。
彼女はいつも微笑みながら言う。
「私の願いは叶った?」
彼の心に残る呪いの名残として、美紀の言葉が響く。
「あなたの幸運は、私から与えられたもの。その代償は、あなたが背負わなければならない。」健二はその言葉を忘れることができず、毎夜、同じ恐怖に駆られるのだった。