村の裏手にある古びた神社の周辺には、長い間無視されてきた伝説が存在した。
その伝説は、神社の近くに住んでいた独り暮らしの老女、佐和子のことを中心に語られていた。
佐和子はかつて一族からの厳しい誓いを受け、それを果たせない限り、永遠にこの世に留まると噂されていたのだ。
彼女は村のはずれに小さな家を構え、子供たちはいつも近寄ることを嫌がった。
彼女えの恐れは、村人たちから語られる「手」の話に起因していた。
その手は神社の近くで見つけられたという言い伝えで、かつての神様からの呪いのしるしとされた。
ある日、村に住む若者の健一が、友人たちと共に神社を訪れていた。
彼らは肝試しをするつもりで、話題に上る佐和子と神社の伝説を確認しに来たのだ。
神社の異様な静けさに包まれ、彼らは背筋を凍らせながらその場に立ち尽くした。
「今ここで何か起こったら、お前ら、どうする?」と、友人の一人が言った。
健一は自信を持って答える。
「怖がることなんてない。何かが見えても、ただの幻だろう。」
しかし、友人たちの不安は消えなかった。
特に神社の奥にある古びた社の前に立った時、健一は何か異様な感覚を覚えた。
まるで誰かが自分を見つめているかのような圧迫感。
それと同時に、彼の心には佐和子の伝説がちらつく。
「俺、行って来る!」健一は一歩踏み出し、友人たちに背を向けて社の中に入った。
周囲は静寂に包まれ、彼の心臓の鼓動だけが響く。
社の中は薄暗く、何も見えなかった。
しかし、彼の目が慣れてくるにつれ、その場所に異様なものがあることに気づく。
「何だ、これ…」彼は呟いた。
壁に描かれた古びた絵に目が奪われた。
それは手の形をしたものが、呪文のような文字に囲まれていた。
その瞬間、彼の心に恐怖が走った。
彼はこの手が、佐和子の誓いを証明するものだと理解した。
その時、突然社の扉が音を立てて閉まった。
暗闇の中、健一は恐怖で身体が硬直する。
彼は急いで扉を開こうとしたが、まるで何かがそれを阻んでいるかのようだった。
その瞬間、社の奥からかすかな声が聞こえた。
「助けて…私の誓いを…」
その声は、魅惑的でありながらもどこか悲しげだった。
健一はその声に引き寄せられ、奥へと進んだ。
ふと目に入ったのは、朽ちかけた祭壇とその上にひしめく手の形をしたオブジェだった。
「これは…」彼は言葉を失った。
そのオブジェは誰かの手で、かつての誓いの形だったのだ。
彼は思わず手を伸ばすと、手のようなオブジェが揺れ、彼の手に冷たい感触が伝わった。
その瞬間、周囲の暗闇が深まると、開いた口が不気味な笑みを浮かべて現れた。
「私を解放して…あの誓いを果たして…。あなたしかいないのよ。」
恐怖が健一の心を締め付ける。
やがて、彼はこの手が佐和子の呪いによるものであり、彼女が解放を求めていることを悟った。
しかし、彼はその願いを叶えるつもりはない。
逃げ出したら彼女を裏切ることになるが、もし手助けすれば自らが呪われるかもしれない。
健一は悩んだ末、その場から逃げ去ることを決意した。
「ごめん、もう無理だ!」そう言うと、逃げるように走り去った。
後ろからは彼女の哀しげな声が追いかけてくる。
「戻ってはならない…戻ってはならない…」
彼は必死に神社を離れ、村の道を走った。
逃げる途中、彼の心には佐和子の誓いと手の恐怖がこびりついたままだった。
村に戻った健一は、二度とその場所へ近づかなかったが、時折夢の中に現れる佐和子の冷たい手が、彼の心を刺し続けた。