ある夏の終わり、晴れ渡った日曜日の午後、佐藤太一は友人たちとともに町の展覧会に出かけた。
町の中心にある古い美術館で開催されていたその展覧会は、地元のアーティストや歴史的な作品を紹介するものだった。
彼らは、賑やかな会場の中でさまざまな作品を楽しむつもりだったが、会場の奥には不思議な雰囲気を持つ部屋が存在していた。
その部屋には「消えた絵画」というタイトルが付けられた一枚の作品があった。
説明書きには、過去にこの絵を所有していた画家が、描いた人物に呪いをかけたと言われていた。
絵には、血のように真っ赤な色が使われており、その中に人の姿が描かれていたが、詳細はまるで見えないかのようにぼやけていた。
人々の間でそのテーマがささやかれる中、太一はその絵に強く引き寄せられるのを感じた。
友人たちは彼に遠くに行かないように言ったが、太一は回り道をしてその絵へと近づいた。
絵の前で立ち止まり、彼は不思議な感覚に包まれた。
突然、空気が冷たくなり、周囲の音が途絶えたかのように感じられた。
そして瞬間、彼の目の前で絵がわずかに揺れた。
驚いて後ろに下がると、画面内の赤い色が彼の目を捕まえ、まるで彼を引き込むような感覚を覚えた。
それから数日後、太一はその絵のことが頭から離れなくなった。
夜中に目を覚ますと、彼は見覚えのある赤い光を見る。
ふとした瞬間に、自分があの絵に描かれた人物だと気づいた。
頭の中で遠い声が響き、「あなたは私を忘れないで」とささやかれた。
彼は恐怖に包まれつつも、その声に惹かれていった。
物事はさらに奇妙になった。
彼は周囲の視覚が変わり始めた。
日常が彼の目の前で遠くに引き伸ばされ、色彩がかすんでいく。
まるで、彼が現実の中から消えてしまっているかのようだった。
そのうち、彼の周りに人々が集まってきても、彼には誰も見えなかった。
彼の体はすでにその絵に同化していたのだ。
次第に太一の生活は崩れ去った。
友人たちは彼に連絡を取り続けたが、彼にはそれすら届かなくなった。
仕事も失い、彼の存在は少しずつ周囲から薄れていく。
彼の声は誰にも届かず、彼の思い出さえも忘れ去られてしまった。
再び目を閉じると、遠くに「消えた絵画」の絵が見えた。
そこに描かれた彼の姿がどれだけ変わらなくても、彼の存在はもはや画面の一部としてしか存在しなかった。
数週間後、町の住民が絵を見るために集まってきた。
その中には太一の友人もいれば、彼を心配している家族もいた。
しかしその時、来場者たちが恐怖の表情を浮かべた。
展示されていた絵の中に、太一の顔が現れ、彼の呼びかけるような目がゆっくりと動いていたのだ。
初めて見た来場者たちは、その奇妙さを感じつつも興味を持ち続け、彼が何を伝えようとしているのかを思い巡らせた。
そして、展覧会は次第に人々の注目を集め、太一は絵の中で永遠に呼びかけ続ける存在になった。
その視線は、今もなお、彼の名を忘れないようにと願い続けているようだった。
彼の温もりは画面の奥に埋もれ、彼がいた世界とのつながりはもはや遠く、消えた夢のように見えていた。