深夜、誰もいない図書室。
薄暗い照明の下、川村は仕事を終えた後の静かなひとときを楽しんでいた。
彼は文学部の学生で、古い本を読みながら見知らぬ作家たちの作品に浸るのが好きだった。
しかし、その夜はいつもと何かが違った。
古びた書棚にある一冊の本が、彼の目を引いた。
それは他の本に埋もれたまま、時間を忘れたように静かに佇んでいた。
タイトルは「呪の記」と書かれており、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。
興味をそそられた川村は、その本を手に取った。
ページをめくると、文字がまるで生きているかのように見えた。
奇妙なことに、文字が徐々に彼の心の奥底に入り込み、何かを訴えかけている気がした。
彼は一文字一文字を噛み締めるように読み進めた。
それは、伝えられた呪いについての物語だった。
物語は、かつて存在した作者の苦悩を描いていた。
彼は愛しい人を失った悲しみと怒りから、呪いを込めて書いたという。
呪われた言葉は、読む者に不幸をもたらすと言われた。
しかし、その呪いが真実であるかどうかは、一人の少女にしかわからないと記されていた。
まるで自分がその物語の中に引き込まれていくような感覚に襲われた川村は、次第に心がざわついてくるのを感じた。
「これはただの fiction ではないのか?」彼は自分に言い聞かせたが、何かが彼の心を掴んで離さなかった。
最後のページに近づくと、恐ろしいことが書かれていた。
呪いを解除するためには、特定の言葉を書かなくてはならないという。
しかし、その言葉を書いた途端、その行為自体が呪いを呼び覚ますことになると警告されていた。
その瞬間、周囲が一瞬ぴりっとした空気に包まれた。
彼の心臓は高鳴り、呼吸が乱れた。
頭の中で警鐘が鳴ったが、逆にその恐怖が彼を突き動かした。
果たして自分は、この呪いに立ち向かう勇気があるのか。
それとも無視して、この本を閉じるべきなのか。
結局、川村は決意を固めた。
自分がすべきことは、真実を知ることだと。
彼は大きく息を吸い込み、呪いの言葉を書きつけるためのペンを取り出した。
手が震えたが、心の中には燃え上がる欲望があった。
「呪われた言葉を書き連ねることで、伝説が生まれるなら、私はそれを書き記す。」そう思った彼は、無我夢中でその言葉を紙に記した。
すると、周囲が急に暗くなり、まるで何かが目覚めたような感覚に襲われた。
次の瞬間、耳元で呪詛が響き渡った。
「私を…解放して…」それは本に込められた作者の声なのか、あるいは新たな呪いの囁きなのか。
川村は恐怖に震えたが、ペンを握りしめたまま立ち尽くした。
後に残ったのは、ただ静寂と恐怖だった。
彼は図書室を後にしても、呪いの声が頭の中から消えなかった。
友達に話すこともできず、孤独感は彼をさらに苦しめた。
やがて、彼はその本を見つけたことを後悔し、自分自身がどうなってしまうのかを恐れ始めた。
数日後、彼は大学を休むことが多くなり、次第に周囲との関係も疎遠になっていった。
まるでその呪いが、彼を徐々に孤立に追いやっているかのように感じられた。
そして、呪の言葉が彼の体を蝕んでいく中で、川村は一つの決断を下すことにした。
再び図書室に戻り、その本を封印することにした。
呪われた言葉を書いた自分の責任を果たすため、彼は書棚へ向かった。
しかし、その本は見ることも触れることもできない場所へ消えてしまっていた。
その夜、彼は奇妙な夢を見た。
闇の中で何者かが彼に呼び寄せられ、呪いの言葉が囁かれる。
「覚悟して…」夢の中でも、その囁きは彼を追っていた。
果たして彼は、自分の運命を変えることができるのだろうか。
それとも、呪いは彼をいつまでも束縛するのだろうか。
川村は、運命の重みに圧し潰されそうになりながら、ただそれを待ち続けるのだった。