静かな山の中に、古びた小さな寺が一つあった。
その寺には、かつてある男が住んでいた。
彼の名は健太。
健太は幼い頃からこの山で育ち、代々続く寺の跡継ぎとして責任感を持っていた。
しかし、彼には一つの秘密があった。
それは、寺の境内に刻まれた不思議な印についてである。
ある日、健太は友人の亮とともに、寺の裏手に広がる深い森へと足を運んだ。
そこには、彼の家族に代々伝わる言い伝えがあり、村人たちはその森には近づかないよう警告していた。
健太は興味を捨てきれず、もっと知りたいという思いに駆られていた。
暗い森の中、二人は奇妙な印が描かれた石を見つけた。
それは見覚えのある、寺の境内に刻まれていた印であった。
「これ、寺の印と同じだよね?」と亮が言った。
健太は頷いた。
「でも、どうしてこんなところに…」彼は印を触れた瞬間、かすかな震えを感じた。
それは、不安と恐怖が混ざり合った感覚だった。
しかし、好奇心が勝り、二人はその印を詳しく調べることにした。
夜が深まるにつれて、森の静寂が一層不気味さを増していく。
突然、周囲に異様な気配が漂い始めた。
木々がざわめき、冷たい風が吹いた。
亮は怯えながらも、前を見つめた。
「帰ろう、健太。何かおかしいよ。」健太は無視し、印をもう一度見つめた。
「だって、これには何か意味があるはずなんだ…」
その時、印から白い光が放たれ、健太の視界が変わった。
森の奥から苦しそうな声が響く。
「助けて…私を…解放して…」その声は女性のもので、まるで彼を呼んでいるようだった。
健太は恐怖を感じながらもその声に惹かれ、亮の手を引きながら進むことにした。
声のする方へ近づくにつれ、木々の間から薄暗い影が見えた。
目を凝らすと、そこには一人の女性が立っていた。
彼女は朽ち果てたような顔をしていて、恨みを持つような瞳で二人を見つめていた。
「私を解放してほしい…」女は静かに語った。
「私はこの山に捨てられ、長い間苦しんでいる…」
健太は混乱しつつも、その言葉に心を惹かれた。
しかし亮は恐れを感じ、後ろに下がった。
「逃げよう、健太!これは危険だ!」だが健太は女の目に引き込まれ、何をするべきか分からなくなっていた。
「どうして…僕はあなたを助ければいいのですか?」
女は悲しげに笑った。
「この印を破壊し、私を解放して…そうすれば、私はこの地を去り、あなたも呪縛から解放される。」健太はその言葉を信じ、自分の内心の躊躇いを捨てた。
亮に振り返り「俺たちがやらなきゃいけない!」と言った瞬間、彼を見ていた女の表情が一変した。
「あなたも、私の仲間だと知っている…」
亮は恐怖に震え、後ずさった。
「い、いいや、そんなことはない!」彼の声は震えていた。
しかし、健太は決意を固め、印に向かって走り出した。
周囲の空気が急に冷たくなり、木々がざわめく中、彼は印を蹴飛ばした。
その瞬間、空が暗くなり、女の悲鳴が響き渡った。
「やめて!それは私の運命!」その声は次第に消え、森が静まり返った。
健太は恐れに震えながらも、印が砕けると同時に、視界が明るくなった。
気が付くと、自分は寺の境内に戻っていた。
隣には亮が立っていたが、どこか生気のない表情をしている。
健太はその様子に気づき、心に不安を抱いた。
「亮、無事か?」問いかけると、亮は無表情のまま歩き出した。
「行こう、もう戻ろう。」彼の声はどこか虚ろだった。
健太の胸には、女性の声と印の記憶が生々しく残っていた。
その後ろで、彼は気づいた。
亮の背後にあった影が、彼の一歩一歩に合わせて動いていることに…。
あの女の影が、再び彼の周りを行き来していることに――。