「吸魂の井戸に呼ばれて」

その村には吸魂の井戸と呼ばれる場所があった。
周囲は鬱蒼とした森に囲まれ、日中ですら薄暗い。
村人たちは、その井戸にはけがれた者が近づくと、何か恐ろしいことが起こると信じていた。
村の老人たちは「ここからは新たな魂が昇る」と語り、誰もその井戸に足を踏み入れようとはしなかった。

そんな村に住んでいた青年、健太は好奇心旺盛な性格だった。
子供の頃から友人たちと怖い話を語り合うことが好きで、いつも心のどこかで井戸に興味を抱いていた。
ある日、村の祭りの帰り、彼は友人たちと共にその井戸を訪れた。
暗くなった森の中では、月の光さえも微かで、井戸はまるで闇の中から彼を引き寄せるようにそこに坐っていた。

「どうせ何もないって!」と、仲間の一人が言った。
その言葉に後押しされる形で、健太は一歩前に出た。
「よし、試してみよう」と友人たちに言い、井戸のふちに近づいた。
井戸の深さが全くわからないまま、彼は大きな声で呼びかけた。
「何かいるのか、返事をしてみろ!」

その瞬間、風が吹き荒れ、耳を劈くような唸り声が返ってきた。
まるで井戸の中から何かが登ってくるような感覚に襲われる。
健太の心臓が激しく鼓動する中、友人たちは恐れを抱いて後ずさりした。
しかし健太の心には、何故か不思議な興奮が湧いていた。
まるでその声が召喚されたかのように、彼は井戸にさらに近づく。

「お前も来るのか?」その声は低く、冷たく響いた。
「私を受け入れてくれるのか?」その問いに、健太の心に一瞬の躊躇が走る。
しかしすぐに、彼は「僕は逃げない!」と叫んだ。
周りの友人たちは恐怖に顔を青く染め、逃げ出そうとしたが、その場から動けなくなってしまった。

「試してみろ、俺を試せ!」彼はその声に応え、井戸の縁に手をかけた。
自らの意思で暗闇に飛び込むような気持ちになり、彼は思考を進めた。
この瞬間こそ、自分の運命を変えるチャンスなのだと信じていた。

しかし、井戸の中は無限の闇が待ち受けていた。
冷たい手が伸びてくる感覚、何かが彼の心の奥へ吸い込まれていく。
彼はその瞬間、何かが自分を奪おうとしているのを感じた。
「放してくれ!」と叫ぶが、声は空虚に響き渡るだけだった。

その時、彼の中に一つの決意が生まれた。
「俺は吸魂に負けない!」と心の中で呟く。
井戸の奥からは、大きな声が響き渡る。
「お前が新しい命を昇らせることができるのか?」健太は心の動揺に耐えきれず、井戸から背を向けた。
そして、目の前の暗闇が自分を引きずり込むのではと恐れた。

友人たちが彼を呼んでいる。
その声が現実に戻す。
彼は振り返り、全力で逃げ出した。
井戸から離れるたびに、彼の心の中で何かが解放されてゆく感覚があった。
一種の清らかさが広がっていく。

後日、健太は体験を語ることができなかった。
その井戸は村の伝説の一部になり、彼は吸魂の存在を感じたまま、日々を生きて行くことにした。
しかし、夜な夜な、井戸の声が時折心の中に響くように感じることがあった。
「あなたは何を選ぶのか?」その問いかけが、彼を試すように続いていた。
その声が自分の中に何かを呼び覚まそうとしていることを、彼は知っていた。

タイトルとURLをコピーしました