「吸い取り香の宿」

春の訪れを迎えたある日、大学生の高橋は友人たちと共に新しい宿を訪れることにした。
その宿は、訪れる人々を魅了し、いつしか話題の中心となっていた。
特に「和」と「新」の融合した独特の内装と、古くから受け継がれているおもてなしが評判だった。

宿に足を踏み入れた瞬間、彼らは一種の「漂い感」を感じ取った。
その宿は、どこか懐かしく、しかし同時に異質な匂いが混ざり合っていた。
木の香りに微かな花の匂い、そして湿気を含んだ和紙の香り。
それは、五感を刺激し、訪れる者たちの心を徐々に掴んでいった。

高橋たちはまず部屋に案内され、爽やかな無垢の木の床にて一息つくことにした。
友人たちと共にそれぞれの部屋を散策しながら、彼は宿での安らぎを楽しんでいた。
だが、次第に彼の心に不安が忍び寄ってきた。
宿の奥からかすかに聞こえてくる物音と、意味もなく漂ってくるあの不思議な香りが、彼の心を締め付ける。

夕食時、高橋と友人たちは宿の自慢の料理を口にした。
その料理は、伝統的な和食でありながら、新しい解釈を加えられた逸品ばかりだった。
しかし、料理の合間に鼻をつく香りが再び彼を襲った。
それはどこか甘く、どこか切ない香りで、心の奥底をざわつかせる錯覚を引き起こした。

「これ、何の匂いなんだろう?」高橋が思わず口にした。
その瞬間、宿の主人であるおばあさんが微笑みながら近づいてきた。
「それはここに古くから伝わる「吸い取り香」と呼ばれるものです。
その匂いを嗅ぐことで、宿に宿る記憶を知ることができると言われていますよ。

高橋はその言葉に興味を惹かれたが、なぜか嫌な予感がした。
宿の歴史に何か隠された真実があるのではないかと、彼の直感が働いた。
しかし、好奇心に負けた彼は、再び匂いを感じてみることにした。

夜が更け、高橋は一人になった。
宿の奥から漂う香りが、他の何かの匂いと交じり合っているようだった。
高橋はその匂いの元を探るため、宿の中を歩き回ることにした。
そして、ついに宿の裏手に佇む一室を見つけた。

その部屋は、長い間使われていないようだった。
扉を押し開けると、そこには古い和式の布団が幾重にも重なり、埃をかぶっていた。
しかし、強烈な香りはそこから漂い出ていた。
高橋がその部屋に入ると、一瞬で彼の体が痺れたかのように感じた。
まるで、時間が止まったかのように。

その瞬間、彼の頭の中に宿の過去が映し出された。
かつて、ここで起きた悲劇の数々、いくつもの人々がここで涙を流し、笑い、愛し合った記憶が溢れ出てきた。
彼はその場から逃げ出したい衝動に駆られ、何度も心の中で叫んだ。
「戻らなきゃいけない、ここから出なきゃ!」しかし、足が動かなかった。

高橋の目の前には、かつての宿の姿が現れ、そこで送られた数々の幸せと悲しみが交錯していた。
宿の記憶は彼の心に浸透し、彼はその場で倒れ込んだ。

目を覚ました時、彼は自分の部屋にいた。
しかし、周囲の匂いは変わらなかった。
高橋は、この宿が「新」と「和」の融合を超えた、ある種の呪縛を持っていることに気が付いた。
彼は友人たちに何が起こったのかを語ろうとしたが、言葉が出てこなかった。
そして、その夜、宿の匂いは彼の存在をずっと支配し続けるのだった。

結局、彼と友人たちはその宿から立ち去ることができず、宿の記憶に溶け込んでいく。
漂う香りが、今もなお彼らの心を残して、決して忘れられないものとなった。

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