ある夏の夜、田中は帰り道を急いでいた。
友人たちとの飲み会が終わり、酔いも醒めきれないまま薄暗い路を一人歩いている。
月明かりが彼の足元を照らす中、その道は異様に静まり返っていた。
時折、風が吹き抜けるだけで、周囲の音はまるで存在しないかのようだった。
適度に友人たちと笑い合った後の余韻が残っている田中だったが、その核心に不安が潜んでいた。
いつも通りの帰り道なのに、何かが違う。
気のせいだろうか。
彼はその思念を振り払い、早く家に帰ろうと足を早めた。
その時、足元に何かがあった。
田中は足を止め、道に落ちているものを見つめた。
それは小さな、古びた手帳。
興味本位で拾い上げると、その表紙には「終」とだけ書かれていた。
奇妙なタイトルだなと思いながらも、田中はその手帳を家に持ち帰ることにした。
家に着くと、田中はその手帳をテーブルの上に置いた。
気になった彼はページをめくり始めた。
すると、手帳の中には人々の名前が書かれていて、その一つ一つの名前の隣には、彼らの生年月日とともに不吉な日付が記されていた。
ページを進めるごとに、名前は増えていき、ついには自分の名前も見つけた。
それは現在の日付の次の日付だった。
一瞬、恐怖が彼の心を駆け抜けた。
「まさか、これは…」と頭の中が騒がしくなる。
彼はその不気味な手帳の存在が何を意味するのか考えることができなかった。
観察することにした彼は、時計を見ると時間はすでに深夜を過ぎていた。
その晩、田中は眠ろうとしたが、手帳の不気味さが彼を襲った。
寝室には薄暗い空気が漂い、耳鳴りが響く。
彼は目を閉じて眠れぬまま、ただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。
しかし、心のどこかで恐怖が徐々に彼を蝕んできた。
その晩、夢の中で田中はとある路に立っていた。
周囲はまるで霧のような薄暗さに包まれていて、ただ果てしなく続く道が目の前に広がっている。
彼は不安に駆られ、歩きだそうとした瞬間、「お前の時はすでに終わっている」と耳元で低い声が響いた。
田中は驚いて目を覚ました。
夢か現実かわからないその感覚に、彼はしばらく合理的な思考を失っていた。
しかし、明白になるにつれて、手帳の内容が頭をよぎった。
「これはただの夢だろうか」と自分に言い聞かせるが、現実では次の日も変わらずに訪れた。
だが手帳の未来を見つめることで、彼の心には次第に恐怖が募っていく。
何かが迫っている。
それは彼の運命を狂わせるような不吉な気配だった。
何日も続くその悪夢に、田中は日常生活に支障をきたし始めた。
彼はただの手帳ではなく、自分と周りの人々の「終」を告げる運命を背負った存在だと確信してしまった。
自分の運命に迫る影を振り払うため、彼はその手帳を捨てることを決意した。
しかし、その日の夜、彼が手帳を捨てたにも関わらず、何かが彼を静寂の中に引き込むように感じた。
恐怖の中、彼は家の中で何かが変わったのを感じた。
リビングに戻ると、テレビは点いていて、映像は彼の知らない人たちのニュースを報じていた。
「不明な原因により、路を歩いていた人々が命を落とした」を告げる声が響く。
その瞬間、田中は理解した。
彼が「終」を通り過ぎた先には、逃げられない現実が待っていることを。
彼の目の前には、今後の未来とは別の運命が既に繋がっていて、彼の名がその中に代わりに入っていく様子が浮かび上がっていた。
田中は何も手を打つことができず、ただ「終」を迎える時が来るのを待つしかなかった。
彼は今度こそ、運命の路に囚われてしまったのだ。