その日、静まり返った台所で小さな料理教室が開かれていた。
参加者は、おばあちゃんから伝授されたレシピを元に、和食を学ぶために集まった。
教室の主催者である佐藤玲子さんは、丁寧に手を動かすその姿に、参加者たちは感心しきりだった。
しかし、いつもとは違う何かが、彼女の心を悩ませていた。
彼女の目は、ちょっとしたひらめきで変わる。
心の中の不安が、料理の味や香りと混ざり合い、彼女を蝕んでいた。
玲子の心には、過去に忘れ去られた記憶があった。
それは、彼女がかつて罪を犯してしまったこと、そしてその罪が彼女の近しい存在に、大きな悲しみをもたらしてしまった事件だった。
その昔、玲子は友人の田村恵美と共に、進学をきっかけに遠くへ旅立つ約束をしていた。
しかし、恵美との約束を果たすことはできなかった。
彼女が事故に遭い、命を落としたのだ。
そのとき、玲子は恵美の声が耳にこだまするのを感じた。
「お互いの夢を追い続けよう」と。
彼女は恵美の犠牲の上で、自分だけが幸せになっていることを、ずっと心のどこかで贖い続けていた。
教室の時間が進むにつれ、料理の香りが広がる中、玲子はふとした瞬間、目の前の台所に幻のように彼女の姿を見た。
恵美だった。
そこには、華奢な体つき、優しい笑み、そのままの彼女が立っていた。
「どうして私を忘れたの?」恵美の声が響く。
「あなたは私を裏切った。償いをしなくては受け入れてもらえないわ。」
玲子はその言葉に硬直した。
彼女の背中に冷たい汗が流れた。
調理器具の音が冷たく響く中、彼女は心の奥底から恐怖を覚えた。
恵美の影は徐々に濃くなり、彼女のウエアの隅々まで浸透していくようだった。
玲子は無心で料理を続けた。
それはまるで幽霊に使われているかのようだった。
彼女の思考は、恵美の幻影に飲み込まれ、終わらない過去の痛みを思い起こさせられる一方、料理は順調に進んでいったが、心の中に残された何かに気づかないままだった。
「わかる?その味。私たちが一緒に作った料理の味。」恵美の声は一層近づいてくる。
「あなたは私を裏切った。私がこの世界にいる限り、償わなければならないの。」
その瞬間、目の前が暗転した。
料理教室のメンバーは驚きと戸惑いで固まっていた。
玲子は目を閉じ、深い息を吸い込んだ。
その間に彼女は、恵美の心の内を理解し始めていた。
「私は決して忘れてはいけない。あなたのためにも、私のためにも。」
再び目を開けたとき、玲子は心から恵美を弔う決意をした。
料理教室が終わった後、彼女は恵美と過ごした時間を思い出し、彼女の好きだった味を再現しつつ、心の中で償う時間を持つことを決めた。
時間が経つと、玲子は自分自身の思いを込めた料理を仕上げ、恵美のためにその料理を捧げた。
料理を分け合ったことで、彼女には今も恵美の存在が感じられ、彼女からの温かい声が聞こえるようになった。
「これからも、あなたの夢を追い続けて。私はずっと見守っているから。」
その後、教室での料理の香りは今も続いていた。
玲子は恵美の存在を感じながら、心の底から彼女に感謝を告げることができた。
彼女の心は静まり、過去の暗い影も次第に薄れ、誓いを新たにしたのだ。