「友の呼び声」

ある静かな夜、町外れの小さな村に住む高校生、佐藤健太は友人たちとともに、流行りの心霊スポット「ネ」と呼ばれる場所へ、肝試しに向かうことになった。
その場所は、昔、命を絶った少年の噂が立つ、ひと気のない荒れた神社で、あえてその名を口にする者はいなかった。

「今日は、あいつのことを忘れようぜ」と、元気な声で言ったのは、いつも明るい田中明美だった。
彼女は健太の幼馴染で、彼にとっては特別な存在だった。
明美のその一言で、仲間たちは少しだけ緊張を解きほぐした。

神社に差し掛かると、周囲の空気が一変した。
月明かりさえも薄暗い雲に隠れ、まるで何かが彼らを警告しているかのようだった。
健太たちは互いに鼓舞し合いながら、怖じ気づくことなく足を踏み入れた。

神社の中は薄暗く、木々のざわめきだけが不気味に響いていた。
中央に佇む古いお社は、まるで生きた存在のように圧倒的な迫力を放っていた。
彼らはお社の周りをグルッと回り始め、談笑を交えながらも、心のどこかで不安を感じていた。

「ねぇ、あの少年の話、聞いたことある?」明美が急に静まり返った空気を裂くように言った。
彼女の言葉に仲間たちは頷き、過去の悲しい事件について話し始めた。
その少年は、友人たちにいじめられ、孤独を抱えたまま命を投げ出したと言われている。
何かを思い出させるような、その話に健太は心を痛めた。

しばらくして、仲間たちはそれぞれにお社に向かって手を合わせてみることにした。
「無事に帰れますように」と思いを込める彼らの心の中に、友情や絆が芽生えていた。
だが、その瞬間、風が急に吹き荒れ、彼らの周りに冷たい空気が充満し始めた。

「なんか、変な感じ。早く帰ろうよ」と、佐藤が声を震わせながら提案すると、みんなも同意した。
だが、明美が不意に立ち止まり、神社の奥へと目をやった。
「ちょっと、見てくる」と、彼女はいつの間にか近づいていた。

「待てよ、明美!」健太は慌てて彼女を追いかけたが、仲間たちもその場に取り残され、心配そうに見守るしかなかった。
健太が押しのけてお社に向かうと、明美は無表情で中を見つめていた。

「明美、何を見てるんだ?」健太が問いかけると、彼女は振り向かずに「友達が、わたしを呼んでいる気がする」と、静かに呟いた。
健太の心臓はバクバクと高鳴り、急に恐怖が押し寄せてくる。
仲間たちは何が起こったのか理解できず、静かに見守っていた。

その時、一瞬だけ月明かりが差し込むと、彼らの目の前にどこか懐かしい少年の姿が現れた。
その少年は明美の横に寄り添うように立ち、「一緒に遊ぼう」と、微笑んでいた。
彼の目はどこか儚げで、健太はその表情から目が離せない。

「明美、戻ろう!」健太は叫んだが、明美は動こうとはしなかった。
「彼は友達だよ、ずっと一緒にいてくれたんだ」と、彼女は少年の方へゆっくりと手を差し伸べた。
健太は心の中の恐怖と懐かしさが入り混じり、どうしても彼女を引き戻したかった。

「君は、彼が何を望んでいるか分かっているのか?」健太が切実に問うと、明美の顔に微妙な動揺が走った。
「でも、孤独だった彼が…もう一人にしてあげたい…」その声は弱々しさを帯び、明美は少年の手を強く握ろうとした。

健太は思わず叫んだ。
「明美!それがいけないんだ!彼はもうこの世にいないんだから!」呆然としながら、仲間たちも恐怖で血の気が引く。

その瞬間、少年の形が歪み、明美の存在が彼に飲み込まれそうになった。
状態を見て、仲間たちは必死にやってくるよう叫んだが、声は虚空に消えていった。
健太は彼女を引き剥がそうとしたが、力が入らず、ただ茫然としつつ、彼女に向かって叫び続けた。

「明美、俺たちが友達だ!生きているんだ、帰ろう!」彼の言葉は明美に届いていたのか、彼女の表情にわずかな揺らぎが感じられた。

危機的な状況の中で、健太は勇気を振り絞り、明美の手をしっかりと握り返した。
そして彼女の目を見つめ、「一緒に帰ろう」と、心から願った。
その瞬間、周囲が一変した。
風が止み、月明かりが再び彼らを照らし、明美の手が彼の手を掴み返した。

「この手を離さないよ。」健太は心の底から叫び、明美もその声に応えるように小さく頷いた。

ついに、明美は笑顔を浮かべ、仲間たちの元へ戻ることができた。
その瞬間、少年の姿は消え、神社には静寂が戻った。

彼らはその場を後にし、町へと向かう。
友情の大切さを改めて感じながら、命を繋ぐものとして今後も共に生きていくことを心に誓った。
どんな困難も越えていけると信じて。

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