小さな村にある「なの」という土地で、静かな日々が送られていた。
この村は四方を山に囲まれ、外界との交流はほとんどなかった。
そのため、村人たちは古い伝説を今に伝えることしか楽しみがなく、互いに支え合って暮らしていた。
しかし、その村には一つだけ、人々を恐れさせる奇妙な現象が存在していた。
村人は「け」と呼ばれる現象を恐れていた。
数年前、若者たちがこの村を離れようとしたとき、突然「け」が発生した。
それはまるで脱出を阻むかのように、彼らの周囲の空気が重く、まるでどこかに引き寄せられるような感覚を引き起こすものであった。
誰もがその現象に無視できず、結局、若者たちは村を去らずに戻ってきた。
村は開放感を失い、暗い雰囲気に包まれてしまった。
ある日、村に住む佐藤宏樹という青年が、村を去る決意を固めた。
彼は生まれ育った村を出たいと思いつつも、「け」に悩まされ、心のどこかで破れた夢を抱えていた。
しかし、彼には家族があり、友人たちがいる。
そのため、一歩を踏み出すことが難しかった。
深夜、一人の友人である田中美咲と彼は語り合った。
「私も本当に行きたいの、でも…」と美咲が漏らす。
その言葉は彼の心の中で何かを刺激した。
彼は決心を胸に抱き、次の日の朝、村の外へ向かうことにした。
朝になり、宏樹は静かな村を背に、家族に告げることなく村を出発した。
美咲も一緒に行くと言って、彼の手を引っ張った。
その瞬間、何かが起こった。
周囲の空気が重くなり、彼の心臓が高鳴り始めた。
「け」が迫っていたのだ。
二人はペースを速め、森を抜け、道を進む。
しかし、彼らの足元には崩れた道が待っていた。
彼らは気をつけながら進んだが、突然、幻想的な光があたりを包み込み、周囲が揺れ動くように感じた。
その光は二人を飲み込んでいく。
「このままじゃ…」美咲が叫んだ。
その瞬間、彼女の手を離すと、何かに引っ張られたように彼が倒れ込んだ。
目の前には無機質な空間が広がり、彼女の姿が薄れていくのが見えた。
宏樹は彼女の名前を呼ぶが、声は届かなかった。
周囲は静まり返り、ただ彼の心臓の鼓動だけが響く。
彼は自分が「け」に飲み込まれたことを理解した。
それは、彼が生き残りたいと思った瞬間に起こった、村を離れようとした代償であった。
「去りたい」という思いが、彼を生かすために犠牲を求めた。
「ま」を共有していた友人が目の前から消え、自分だけが残される悲しみを痛感した。
宏樹はその場に一人取り残されたような気持ちになった。
時が経ち、彼は「け」の存在を認識しながらも、次第にその空間に慣れていった。
彼は森を出る夢を追い続けていたが、同時に彼の心にあった「生」の意志は消え去ることがなかった。
しかし、彼の目に映るものは彼一人だけで、孤独な日々が続くことになる。
村では、何年も努力し続けた宏樹の姿は見られなくなった。
彼は「なの」という村にとらわれたまま、悲しみと共にこの場所に生き続けているという言い伝えができた。
村人は彼の話を語り継ぎ、「け」に怯えながら生きることを選び続けた。
だが彼らの心の奥底には、いつかは自由を手に入れることを願う気持ちが静かに息づいていた。