夏のある静かな夜、大学生の健太は友人たちと一緒に田舎のキャンプ場に来ていた。
夜の帳が下りると、彼らは焚き火を囲みながら怪談を語り始めた。
火の揺らめきが影を作り出し、周囲は一層不気味な雰囲気に包まれていた。
中でも最も盛り上がったのは、卵を使った不気味な儀式の話だった。
「この近くに伝わる、ある験(しるし)があるんだって」と一人の友人、直人が言った。
「それを知っているのか?」『試しにやってみようぜ』という声が上がり、みんなワクワクしながらその話を聞いた。
儀式では卵を用意し、月明かりの下で特定の言葉を唱えなければならないと言われている。
興味をそそられた健太と友人たちは、早速その儀式を試すことにした。
キャンプ場の近くには、少し藪になった空き地があった。
彼らはその場所に向かい、月の明かりが灯る下で卵を持ってそこに集まった。
健太が口を開く。
「一番重要なのは、この言葉だよ。月の光が卵に宿るように、願いが叶うことを意図しながら唱えろって。準備はいいか?」一同は頷き、月に向かって卵を掲げた。
一歩近づいて、健太が言葉を発し始めると、空気が一瞬静まり返った。
彼の声が儀式の言葉を響かせるたびに、月の明かりがより一層明るくなるかのようだった。
そして、儀式が終わると、みんなは一緒に卵を叩きつぶし、その場に散らばった黄身を見つめた。
しかし、すぐに彼らは奇妙な違和感に気づいた。
「なんだ、これ、卵の中から何か出てきたぞ!」友人の仁が驚いて叫んだ。
彼が指差した先には、卵の中から小さな黒い影が浮かび上がっていた。
彼らは興味津々で近づき、影を見つめた。
すると、その影は徐々に人の形に変わっていく。
不気味な笑みを浮かべたその顔は、まるで夢の中から這い出てきたようだった。
健太は恐怖を感じながらも『これが験(しるし)なのか?』と思ったが、恐ろしいことにその影は瞬く間に姿を消してしまった。
友人たちは不安の色を隠すことができず、キャンプ場に戻ろうとした。
後ろを振り返りたい気持ちがあったが、皆が恐れを感じて、振り返ることができなかった。
その夜、躁に満ちたキャンプファイヤーの明かりが消えると、静まり返ったキャンプ場には恐ろしい静けさが漂っていた。
健太は不安になり、怪しげな影がまた現れそうな気配に背筋が寒くなった。
彼は夢を見た。
それは、あの黒い影が自分に近づいてくるもので、逃げることができずにいた。
翌朝、友人たちが目を覚ますと、なんと健太だけが姿を消していた。
何を探しても見つからない。
彼らは不安さを抱えながら、キャンプ場を離れることに決めた。
しかし、心の隅には、あの儀式が間違っていたのではないか、という疑念が残っていた。
時は流れ、夏が過ぎ去った後も、健太の行方は分からなかった。
友人たちはそれぞれの生活に戻ったものの、夜になると、あの儀式を思い出すことは避けられなかった。
彼らの中には、『試しに行ってみるか』という気持ちが芽生えつつも、エネルギーを失ったような過去の記憶に束縛され、何度もその場所に足を運ぶことはなかった。
健太のことが気になりながら、彼らは陰鬱な空気の中で日常を過ごすことになった。
彼の姿や影にトラウマを抱えながらも、皆の心にはいつもその謎が刻まれていたのだった。