「創造の代償」

ある日の午後、友人たちの誘いで造作を学ぶための工房を訪れた加藤は、新しい挑戦に心を踊らせていた。
彼の根底に秘めた“創造”への渇望は、普段は冷静な彼を少しだけ高揚させていた。
工房の奥には、見たこともないような奇妙な彫刻や、謎に満ちた作品が並んでいた。
その中には、何かしらの存在のエネルギーを感じさせるものがあった。

その日の講師は、若いが腕の立つ造作家・西村だった。
彼の作品は幻想的で、訪れた人々を魅了してやまない。
西村は午後の静けさの中、仲間たちと楽しく作業していたが、どこか影を潜めた雰囲気も漂わせていた。
加藤はその雰囲気に気づくことなく、意気揚々と材料を手に取った。

「さあ、まずは自分のスマイルを彫り込んでみてください」と西村が言った。
加藤はその指示に従い、目の前にある木材に心を注いで削り始めた。
しかし、彫り進めるうちに次第に意識が遠ざかっていく感覚に襲われた。
周囲の音が消え、目の前の木材が不気味に歪んで見えるのだ。

その時、ふと目の前の彫刻が自ら動き出したかのように感じた。
加藤は思わず目をこすったが、彫刻はしっかりと動かず、彼の心の中に不安が忍び寄った。
「どうしたの?」と心配した友人が声をかけると、彼は背筋が凍る思いで振り返った。

その瞬間、目に映った西村の表情が、何か異様なものに変わった。
彼の目が真っ黒になり、口元からは微かに笑みがこぼれている。
そこで加藤は気づいた。
「西村もこの作品に取り憑かれたのか?」と。
念頭には、今まで感じていた「創造」の愉悦とは別の、暗い思念が渦巻いていく。

不安を抱えながらも、加藤は彫刻に戻った。
思わず手が震え、彼の心がこれまでのように真っ直ぐに集中できなくなっていた。
周囲の空気の重さに耐え切れず、「もうやめよう」と口に出してしまった。
その瞬間、何かが彼の心をつかんだ気がした。
他の仲間たちを見ると、同じように困惑している様子だった。

そこへ突然、工房の明かりが消え、闇の中に囁き声が響き渡った。
「創造の欲望は、代償を伴うもの」と。
加藤は心臓が高鳴り、ぞくぞくとした感覚を覚えた。
彼の息が詰まる。
仲間たちも怯えた様子で怯え、互いに浮かんでいる影が何かに変わることを恐れていた。

次第に不気味な現象が増していく。
彫刻たちが目の前で変わりゆく様子を見守らされ、彼らが加藤に何かを伝えようと噴き出すのを感じる。
彫り進めれば進めるほど、彼の心の中もまた混乱し、自らの創造への欲望がどこへ導いていくのか分からなかった。

「加藤、どうする?」という声が友人から飛ぶも、加藤は力を失い、身動きできなかった。
このままでは彼自身が彫刻の一部になってしまう。
心の中で思い浮かぶのは「逃げたい」という願望だったが、足は動かない。

その時、見知らぬ手が彼の背中を押した。
その手は強く彼を引き寄せ、気がつけば工房の外に立っていた。
周囲には友人たちの疑いの目とともに、西村の姿も見当たらなかった。
工房には今も、彫刻たちが不気味な笑みを浮かべて彼らを見下ろしていることだろう。

彼が感じた「創造」の先には、この世のものとは思えない異質なものが待っていたのだ。
そして分かる。
加藤はその日、「創造することの恐怖」を学んだのだ。
ひとたび踏み入れれば、引き返すことはできない。
彼の周りは日常に戻ろうとするが、彼の心はその恐怖に囚われたままだった。
果たして、再び創造の道へ戻れるのだろうか。

タイトルとURLをコピーしました