夜深く静まり返った街に、ひとつの小さな灯が燈っていた。
それは古い公園の片隅にある明かりで、人々が立ち入らない場所であった。
誰も見向きもしないこの灯は、街の外れに住む桜井真奈が子供の頃から知る、不思議な存在だった。
真奈は田舎町で育ち、様々な伝説や噂を耳にしていた。
しかし、この灯にまつわる話はいつも決まっていた。
「あの灯の周りで割れたものは、決して元に戻らない」というものだった。
真奈は幼少期、その言葉を信じ切っており、灯の近くには絶対に近づかなかった。
しかし、20歳になった今、真奈はその灯の存在を忘れられずにいた。
心の底ではその灯が持つ神秘的な力に引き寄せられるような感情が湧いていた。
彼女はある晩のこと、思い切って灯のところへ向かうことにした。
好奇心と恐れが交錯する中、真奈はその場所に近づいていった。
街の外れへと続く道を一人歩き、しだいに灯が浮かび上がってくる。
暗闇の中にぽつりと輝くその光は、まるで彼女を待っていたかのようだった。
真奈の心は高鳴るが、同時に不安もよぎる。
「割れたものは元に戻らない」と何度も自分に言い聞かせる。
灯が近づくにつれ、真奈の視界にわずかな影が映った。
それは彼女が小さい頃の友人、健太だった。
「真奈、なんでこんなところに?」彼は不思議そうに尋ねる。
健太もまた、この町の伝説を知っていたが、彼の好奇心は強かった。
「割れたものは…そんなのただの噂さ。試してみようよ!」彼は軽い調子で言った。
彼女は心の中で彼を止めたいと思ったが、言葉にすることができなかった。
二人はやがて灯の周りに立ち、周囲を見回していた。
その瞬間、灯が突然明るさを増した。
そして、何かが道を割くように響いた。
「真奈、何か聞こえる?」健太の声が真奈を引き戻した。
灯の近くで、先ほどまで静かだった空気が妙にざわついていた。
真奈は恐れを感じながら、周囲を見渡した。
すると、彼女の目に飛び込んできたのは、その道の真ん中に割れたガラスの破片が転がっている光景だった。
まるで誰かが壊したもののように見えた。
「これ、触ってみる?」健太は笑いながら破片を指差す。
しかし、真奈はその瞬間に止まった。
彼女の心の奥から、今にも呪われるような気配を感じた。
「それはダメ…お願い、やめて!」と彼女は訴えたが、健太はもう手を伸ばしていた。
「何も起こらないさ、ほら!」その言葉とともに、健太が破片を触れた次の瞬間、何か目に見えない力が宿るように辺りが騒がしくなった。
灯が激しく揺れ、周囲の空気が一瞬重くなった。
真奈は思わず目を閉じ、耳を塞ぎたくなるほどの恐怖を感じた。
そして、目を開けたとき、目の前にあったのは、まるで鏡のように光を反射する健太の姿だった。
しかし、彼の背後から見えたのは、割れたガラスの破片が次々に彼に吸い寄せられていく光景だった。
健太は叫んだ。
「助けて、真奈!」
真奈は身体が動かず、ただその様子を見続けるしかなかった。
彼女の心は絶望感で満たされ、涙が溢れ出た。
灯の周りには冷たい風が吹き始め、割れたガラスが健太を包み込むようにして消えていくのが見えた。
「どうして…どうして私を放っておけなかったの…」彼の声が彼女の耳に届くことはなかった。
その瞬間、空気が震え、灯は赤く静かに消えてしまった。
残されたのは、灯の周りに散らばる無数のガラスの破片と、健太の笑顔が忘れられない記憶だけだった。
真奈は力なくその場を後にし、二度と戻らないと決意した。
それ以来、あの灯は再び燃えることはなかった。
道には割れたガラスの破片だけが散らばり、今でも何かを求めるように静かに光を反射しているという。
人々はその場所を通り過ぎ、何事もなかったかのように忘れていく。
しかし、真奈の心の中には、あの日の恐怖と健太の声が永遠に残ることとなった。