彼の名は健一、34歳の一般的なサラリーマンだった。
健一は仕事のストレスから逃れるために、休日に人里離れた場所にある古びた館を訪れることが習慣になっていた。
ところが、その館には、彼が知らない恐ろしい秘密が潜んでいることを知る由もなかった。
某日、健一は午前中の仕事を終えた後、意を決してその館に向かった。
静かな山道を抜け、ようやく館にたどり着くと、彼はいつものようにその扉を押し開けた。
館の内部は薄暗く、埃まみれの家具が所狭しと並んでいた。
何か不気味な雰囲気が漂っていたが、それでも彼は不思議と落ち着きを感じた。
館の奥へと進んでいくと、一部屋だけ異様に明るい場所があった。
健一は興味を惹かれ、その部屋に足を踏み入れた。
そこには、長いテーブルが中央にあり、周りには古い椅子が並んでいた。
テーブルの上には、何かの儀式のように整然と並べられた小物たちがあった。
その中でも特に目を引いたのは、古びた陶器の皿で、中央には一対の手の形が描かれていた。
健一はその皿に手を伸ばし、触れてみた。
すると、急に手の形が青い光を放ち始め、彼の目の前に異様な光景が広がった。
皿の模様から、無数の手が現れ、彼を囲むかのようにして伸びてきた。
彼は驚き、その場から逃げ出そうとしたが、足が重くなり、まるで地面に張り付いてしまったかのようだった。
その瞬間、手の形をした影が健一の体を取り囲み、何かを訴えかけてくるような感覚がした。
彼は耳元でかすかな声を聞いた。
「永遠に割かれる…」と。
その声は耳障りで不気味な響きを持ち、彼の心に恐怖を植え付けた。
健一は恐ろしくなり、どこかへ逃げることしか考えられなかった。
しかし、その時、彼がその場から逃げることはできなかった。
青白い光に包まれた空間には、無数の手が彼を引き留め、次第に彼の意識を奪っていった。
自分が何か大きな力に取り込まれつつあることを直感した彼は、必死に抵抗しようとしたが、それも無意味だった。
気がつくと、彼は深い穴のようなものに落ち込んでいた。
そこには、無数の手が絡みつき、彼の身体を押さえつけている。
健一はその場で苦しみながら、「なぜ…私をこんな目に?」と叫んだ。
しかし、返ってくるのは無言の手だけだった。
すると、突如として、一つの手が健一の肩を掴んだ。
その手はよく手入れされていて、優しさを感じさせた。
すると、健一はその手に引かれ、洞窟のような暗闇から光のある場所へと導かれた。
そこで彼は、自分が進もうとする道の先に、裂かれた空間が開かれているのを見た。
暗い中、彼の心の中には一つの思いが浮かんだ。
「この場所を割り、永遠に逃れることができるのか…?」
しかし、その思いが彼の心を支配し、彼は最終的にはその差し伸べられた手を振りほどいてしまった。
その瞬間、彼は再び苦しみ始め、別の手が彼を掴み、今度は引き裂かれるように引き寄せられた。
気がつくと、健一はあの館の外に立っていた。
だが、彼の心の中には何も残っていなかった。
無感情にただ立ち尽くし、周囲を見渡すと、館の窓からはかすかな青い光が漏れ出ていた。
彼の記憶が消え失せ、あの館にいる「永遠」の住人たちになってしまったのかもしれない。
彼は、不気味な予感と共にその場を後にしたが、心の奥底には「割かれた」存在としての新たな運命が待ち受けていることに気づいてはいなかった。