深い山々に囲まれた静かな集落があった。
この集落には、古い伝説が語り継がれていた。
それは、山の中にある「別れの滝」という名の場所で、そこで別れた者たちの思念が動き、成仏できずに彷徨い続けるというものだった。
ある晩、若者の美奈は、友人たちと共にその滝を訪れることに決めた。
彼女たちは、夜の帳が静かに降りる頃、山道を進んでゆく。
月明かりが薄暗い森の道を照らし、不気味な影が揺れ動く。
美奈は冗談を言い合いながらも、その先に待つ滝を思うと心が高鳴った。
「ここは、本当にそういう場所なの?」と、友達の一人。
美奈は笑って答える。
「大丈夫よ、ただの噂だから。何も起こらないって。」
やがて、彼女たちは滝にたどり着いた。
流れ落ちる水の音が心地よく響いていたが、どこか生々しい感覚も感じ取られた。
美奈は、「ちょっと近くに行ってみる!」と叫び、滝の側に近づいていく。
友人たちもそれに続きながら、滝の水しぶきを浴び、はしゃぎ合った。
そのとき、ふと彼女の目に映ったのは、滝壺に映る無数の顔だった。
何かを訴えているかのように、彼女たちを見つめている。
その瞬間、美奈の心に嫌な予感が広がった。
「大丈夫、私は強い。」と自分に言い聞かせながら、滝の近くで立ち止まる。
突然、風が吹き荒れ、周囲の空気が重くなった。
友人たちの笑い声も消え、静寂が訪れる。
美奈はその異様な静けさに包まれ、心臓が早鐘のように鳴り出した。
なぜか、自分の背後に冷たい視線を感じる。
彼女が振り返ると、誰もいないはずの滝の奥から、一人の女性が現れた。
白い vestido をまとったその女性は、悲しげな表情を浮かべていた。
彼女の目が美奈に向けられ、言葉もなく彼女を見つめていた。
美奈は自然と女性に引き寄せられるように、滝の方へと進んでしまった。
「お願い、助けて…」という声が耳の中で響く。
声の持ち主が女性であることはわかったが、その表情は理解できなかった。
「まだ、別れてはいけないの?」美奈は耳元でささやく声に恐れながら問いかけた。
どこからともなく、不気味な囁きが返ってくる。
「私の思いはまだ、ここにある。再び会うために…」美奈の心の中に、何か別の存在が入り込んでくる。
彼女の胸の奥に潜む別れに対する不安と、忘れたくても忘れられない感情が湧き上がっていた。
あの女性の想いを感じ取るうちに、美奈は、自らの心の中で何かが動いているのを感じた。
「もう一度、私を思い出して。私はあなたの中にいるの。」その声に引き込まれ、目の前の美奈が思わず呟くと、背後から友人たちの不安げな声が聞こえてくる。
「美奈、どうしたの?早く戻ってきて!」しかし、彼女はその声を拒むように、その場に留まっていた。
心の奥に秘めていた感情が溢れ、それに圧倒されていた。
その瞬間、滝の水流が激しくなり、彼女はその流れの中に吸い込まれていく。
友人たちは恐怖でのけぞり、彼女を必死に引き止めようとするが、すでに美奈は滝の世界へと導かれていた。
彼女は、女性とともに水の中に沈んでいく。
再び会う、という約束を果たそうとする気持ちが、美奈を何処へでも連れて行く。
美奈の思いが滝の奥に残され、彼女はその感情と一体になっていく。
友人たちの悲鳴が遠くなる中で、美奈はすべてを受け入れ、その終わり無き別れを選んだのだった。
その後、集落には美奈の姿は見えなくなった。
ただ、山の中で別れを求める声だけが風に乗って聞こえてくる。
「再び、私を思い出して…」