「切り裂かれた思い出の線」

私の名前は佐藤恵美。
大学の課題を終えた私は、仲間たちと共に夏休みを利用して、山奥にある小さな旅館に向かった。
旅館は古びた建物で、周囲は緑に囲まれ、静寂に支配されていた。
日常から解放され、静かな夜を楽しもうと期待を膨らませた。

しかし、旅館の周辺には不思議な噂があった。
その旅館の近くに流れる川には「切られた線」のような現象が起きるという。
その線とは、夜になると川の水面に現れるか細い光のことで、この光に触れると、過去の記憶や人との別れが鮮明に思い出され、心が切り裂かれるような痛みを感じると言われていた。
友人たちはその話を笑い飛ばし、「ただの迷信だよ」と言っていたが、私の好奇心は掻き立てられた。

ある晩、私は一人で川のほとりに出かけた。
月明かりに照らされた水面は静寂そのものだった。
しばらく静かに眺めていると、徐々に水面にかすかな光が漂い始めた。
それはまるで、何かが私を呼んでいるかのように美しく、私は思わず近づいてしまった。
指先が水面に触れた瞬間、急に強い風が吹き荒れ、目の前の光が具現化した。

光の中に、ひとりの女性が映った。
その姿は、私が幼い頃に亡くなった祖母にそっくりだった。
祖母はいつもやさしく微笑んでいたが、その表情はどこか陰のあるもので、私に「切り離された思い出たち」を語りかけてくるようだった。
「切り裂かれた感情を忘れないで」と彼女の声が響いた。
私は恐怖のあまり後退ったが、目が離せなかった。

入り込んだ光は、私の過去を映し出した。
祖母との楽しい思い出、私の心に深く根付いていた彼女の教え、そしてその教えを忘れてしまった瞬間のこと。
私が彼女と最期に交わした言葉、「もっと一緒にいたかった。」その後、別れの時が訪れた。
悔い、悲しみ、切なさが心を締め付けてくる。
私の心は、まるで線で切り裂かれるように痛んでいた。

女性の姿はやがて不安定になり、私の目の前でふっと消え去った。
その瞬間、私の心に溜まった感情が一斉に溢れ出し、思わず涙が頬を伝った。
最愛の祖母を失った痛み、過去の記憶の断片たち。
私は真剣に向き合わなければならないと思った。
彼女が私に促してくれたのは、過去を解き放つための「解」への旅路だったのだ。

その後、私は旅館に戻り、心を落ち着けた。
友人たちと共に思い出を語り合う夜を過ごすことで、少しずつ心が軽くなっていった。
切り裂かれた感情は痛みを伴ったが、だからこそ大切な思い出だと気づき始めた。

私たちは旅館を後にし、家に帰った。
その日以降、私は祖母のことを忘れることなく、彼女の教えを胸に抱きながら生きていくことを決めた。
時間が経つにつれて、あの夜の不思議な出来事は私にとっての「切り替え」になった。
過去を受け入れることは容易ではないが、忘れることは決して許されないのだと心に刻んでいる。

そして、私の中に残る「切られた線」は、ただの痛みにとどまることなく、祖母との絆を象徴する光となった。

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