抱は、体の一部が分離することを心配しながら生きていた。
彼女は相当なストレスを抱えていたため、頻繁に体調を崩し、心の疲れが肉体にも影響を与えている気がしていた。
ふとした瞬間、抱は自分の手がまるで他人のもののように感じることがあり、特にその左腕には特別な不安を抱えていた。
そんな中、彼女の友人から聞いたある現象が、彼女の心に深く刻まれていた。
「く」とは、体の一部が自我を持ち、独立して動く現象のことを指すとのことだった。
噂によれば、その現象に遭遇した人は、揺れ動く意識と自己との間に塀を感じ、自分の一部が他の存在に変わっていく感覚に捕らわれるという。
そして、その体験を乗り越えられなかった者は、最終的には分離した部分が去り、消えてしまうのだという。
抱はそれを聞いて、心のどこかで興味を抱きながらも、同時に恐怖を感じていた。
ある夜、抱は気持ちを落ち着かせるために一人で静かな公園に向かった。
星空の下、彼女の心は少しずつ楽になり、周囲の静けさが心に安らぎをもたらした。
その時、彼女はその左腕に異変を感じた。
まるで誰かが彼女の左腕に触れているかのような冷たい感触。
その瞬間、彼女は恐怖に襲われたが、振り返っても誰もいなかった。
心臓が早鐘のように鳴り響き、彼女は腕を思わず抱きしめた。
しかし、その冷たさは消えることがなかった。
次の日も、翌々日も、抱は同じ感覚を抱えながら日常生活を送っていた。
左腕の冷たさは彼女の体から離れられないかのようにまとわりついていた。
そして、彼女はある晩、夢の中で「く」の真相を垣間見ることができた。
夢の中で、自分の左腕が一本の道になり、その先には人々が次々と立っている。
そして、彼らは腕に何かを訴えかけてくる。
「あなたは、私の一部なのだから…」という声が頭の中で響き、彼女は恐怖と同時に不思議な親近感を抱いた。
目が覚めると、抱は一層不安に駆られた。
しかし、何をしてもその左腕の冷たさが消えることはなかった。
そのうちに、彼女は自分の意識がどんどん遠ざかり、左腕の感覚が夢の中の“他人”を感じるようになっていった。
ある晩、彼女は「もしかしたら、これがくの現象なのではないか」と思えるようになった。
そして、その一瞬、左腕が自己を持ち始めた。
「離れて行かないで…」と、抱は心の中で叫んだが、その言葉が届くことはなかった。
彼女の左腕は、まるで自分の意志を持っているかのように、孤独に物を掴み、動き回る。
彼女はその感覚に圧倒され、ついに左腕は彼女のもとから離れた。
分かれた瞬間、左腕は彼女を振り返り、最後の一瞬だけ目が合った。
それから抱は、完全に一部を失ったかのような感覚を抱えながら過ごすことになった。
彼女はもうその左腕がどこに行ったのか分からず、一緒に過ごした温もりが失われたことを感じていた。
孤独感と抜け殻のような存在感が心に沈む。
彼女の左腕は、別の存在となり、もう戻らないことを理解した。
自分の一部を失った抱は「れ」の影を見つめながら、その不気味な感覚と共に生き続けることになった。
夜空に浮かぶ星を見上げながら、彼女は今もどこかで自分を思っている左腕がいることを期待していたが、その期待は徐々に消え、ただの影となっていった。
彼女の心の中には、もう取り戻せない「間」が広がっていた。