「凍てついた記憶の路」

凍りついた冬の夜、静まり返った街道に一人の男性が立っていた。
彼の名は、船本健太。
健太は仕事の帰り道、思いがけない道を選んでしまった。
そんなことは日常茶飯事だったが、今夜の道はどこか異様な雰囲気が漂っていた。
周りは真っ暗で、冷たい風が吹き抜け、路の先には何も見えない。

ふと、健太の視線が路の端に置かれた小さなカメラに向けられた。
そんなものがあっただろうか?誰かが忘れていったのだろうか。
彼は興味本位でそのカメラを手に取る。
古びたデザインのカメラは、どことなく不気味さを感じさせた。
その中には、レンズを通して何かを「写」し出す力が宿っているかのようだった。

健太はカメラのシャッターを切ると、ひんやりとした空気に包まれた。
すると、瞬間的に頭の中が白くなるような感覚が訪れた。
彼が目を開けると、自分の目の前に広がるのは見知らぬ景色だった。
無数の人影が薄暗い路を行き交い、彼の目にはそれぞれの表情が一瞬のうちに映し出された。
その中には、不安を抱えた人々や、どこか懐かしさを感じる顔もあった。

その瞬間、健太は何かに気付く。
映し出された人々は、記憶の中に存在する者たちだった。
彼は衝撃を受ける。
幼い頃の友人や、もうこの世にいない親の姿が見える。
彼らはまるで過去に戻ったかのように、楽しそうに笑い合っていた。
時が経過するにつれて、彼の感情が高まり、笑顔を浮かべる自分自身が現れた。
だが、それと同時に不気味な空気が漂い始めた。

「なぜ、私をここに呼んだのか?」健太は疑問を抱いた。

すると、周囲の人影が不気味に消え、彼の目の前にひとりの女性が現れた。
その女性は、彼の昔の恋人、梨花だった。
梨花は優しい笑顔を浮かべていたが、その目にはどこかさみしさが宿っている。
彼女の口からは、「時間は永遠ではないのよ」と呟かれた。

健太は胸が締め付けられる思いだった。
彼女の微笑みを懐かしむ一方で、その言葉が胸に刺さる。
「永遠に戻りたい」と心の底から思った。
だが、同時に健太は悟る。
「戻ってしまったら、今が失われてしまう。」

すると、梨花は指を差した。
健太が目を向けると、彼の映し出される夢のような過去が次第に崩れ始め、無数の色彩が混ざり合いながら消えていく。
思い出が遠ざかり、彼は驚いた。
どこかに彼女の影が残っているのかと思った瞬間、あたかも何かに吸い込まれるように彼はその場を離れ、再び路へと戻された。

目の前に佇む道には、何もなかった。
カメラはその場に消え、健太は一人きりの現実へと戻されていた。
彼は手の平を見つめ、確かにあのカメラを持っていた感触を思い出す。
夢か幻か、それとも神のいたずらか。
何もなく静まった路。
しかし、彼の心の奥には、一生忘れられない記憶がいつまでも残されていた。

その夜以来、健太は毎晩、あの路を通ることを自分に誓った。
それは、梨花の微笑みを思い出すためではなく、自らの過去を忘れないためだった。
「そう、永遠は存在しない。しかし、覚えている限りは、彼女は生き続ける。」

冷たい風が吹き渡り、静謐な夜に彼の思い出は重なっていくのだった。
彼は一歩踏み出し、今いちどあの路を進んでいく。
彼の心は、やがて過去と現在、そして未来の狭間に立たされたまま、決して消えることのない思い出と共に生きていくことになる。

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