彼は抱(だき)と呼ばれる若者だった。
抱はかつて家族を失った後、現在は豪(ごう)という小さな村で一人きりで暮らしていた。
その村には古くから伝わる伝説があり、村の外れに立つ廃屋には、時折、不思議な光が現れると言われていた。
その光は、吸い込まれるように強く輝き、誰かを呼び寄せているかのようだった。
ある冬の夜、抱はいつものように廃屋の前を通り過ぎた。
寒風が彼の頬を刺す。
彼はその夜、村の人々が語る怪談に耳を傾けたことを思い出し、それが心に引っかかっていた。
村人たちは、その光に触れることで過去の罪を清められ、再び生きる力を得ることができるという話をする。
しかし、誰もその光を実際に見たことはなかった。
好奇心に駆られた抱は、廃屋に向かうことを決めた。
月明かりの下、彼は不気味に軋むドアを開けて内部に足を踏み入れた。
部屋の中には埃まみれの家具と、時間が止まったかのような静けさが広がっていた。
奥には大きな鏡が掛かっており、彼はその前に立つと、不意に光が周囲を照らした。
驚いた抱は、一瞬目を閉じた。
次の瞬間、目の前に彼の過去が映し出されていた。
それは家族との楽しい思い出、幸せな時間が次々と現れ、彼の心を締め付けた。
彼はその光に包まれながら、自分が失ったもの、忘れ去りたかった痛みを思い出した。
「戻りたい…」という叫びが胸の奥から湧き上がる。
しかし、その光は次第に変化していった。
彼の前には、信じられない光景が広がった。
かつて彼が大切にしていた人々の面影が、苦しんでいる様子で映し出された。
彼はその光に、身を捧げるように近づく。
光の中で彼は、自らの過去に向き合うことを強いられていた。
気が付くと、彼は再び目の前の鏡を見つめていた。
そこには、彼自身が映っていたが、その表情は以前とはまるで違っていた。
抱は苦悩に満ちた顔で自らを見つめていた。
その瞬間、彼は気づいた。
彼に必要だったのは、他者を救うことではなく、自らを受け入れ、許すことだった。
突然、廃屋の隅から奇妙な声が響いた。
「お前はもう済んだのだ、抱。」彼は叫び声の主を探したが、誰もいなかった。
彼の心に潜んでいた恐れ、後悔、悲しみが一つ一つ浮かび上がり、彼はついに彼自身を解放できると思った。
彼はその光に全てを委ね、これまで向き合えなかった自分自身を受け入れ始めた。
光はさらに強まり、抱の身体を包み込んだ。
彼は自らを癒し、再び立ち上がる力を得る。
それと同時に、彼は今までの思いが断ち切られ、新たな自分を見出すことができた。
抱はその瞬間、心の闇が晴れ、彼を呼び寄せていた光は、実際には彼自身の内なる力だと理解した。
廃屋の外に出ると、抱はもう一度振り返った。
暗い廃屋が彼にとっての過去だったと感じたが、その影響から解放された今、彼は新たな一歩を踏み出す準備ができていた。
村の静けさの中で、抱は家族の記憶を胸に、これからの人生を生きる決意を固めた。
彼はもう、光を求めることはないだろう。
自らの中に、その光があることを知ったのだから。