田中健二は、忙しい日常から逃れるように、古い実家がある田舎に帰省した。
その家は、彼が子供の頃に過ごした懐かしい場所であり、今は誰も住んでいない。
久しぶりに訪れた実家は、相変わらず静寂に包まれ、まるで時間が止まったかのようだった。
ある晩、健二は家の中で何かの気配を感じた。
彼はその時、一つの光に気がついた。
それはリビングの篭の中から漏れる微かな光だった。
好奇心に駆られて、彼は光の元へと近づいていった。
近づくにつれて、篭が柔らかな光を放っていることを確認できた。
それはまるで、篭の中に何かがいるかのような印象を与えた。
篭の中には何が入っているのか、思わず健二は尋ねた。
「こんにちは、誰かいるの?」その声は静寂の中で響いたが、返事はなかった。
彼は迷うことなく、篭の蓋を開けることにした。
すると、輝く光が彼の目を引いた。
その瞬間、彼の心の中に奇妙な感覚が芽生えた。
その光は、どこか理性的なもので、しかし同時に不気味でもあった。
健二の視界の中で、光は徐々に形を成し始め、何かの姿が出現した。
それは、彼の知っている誰かの顔だった。
母親の笑顔がそこにあり、光の中に浮かび上がっていた。
けれど、彼の内心に湧き上がってきたのは、喜びではなく、せつなさと恐れだった。
「お母さん……?」健二は呟いたが、その柔らかい光は彼を包むことはなかった。
代わりに、母親の表情は次第に曇り、悲しげな目で彼を見つめる。
その瞬間、彼は何かを思い出した。
子供の頃、母親が言っていたこと。
「光の中にあなたがいる限り、周りの彼方には何もないのよ。」
その言葉が、彼の心に響いた。
この光は、もしかすると彼を魅了し、彼を囚えようとしているのではないか。
それが真実なら、彼を待っている余地はない。
ただ、無限に広がる空虚感だけがここに横たわっているのではないかと、健二は思った。
周囲の時間が止まり、篭の中の光が彼を取り囲んでいく。
なぜ彼はこの場所にいるのか、何を求めてここに帰ってきたのか、謎が目の前にあった。
彼の理性が働き、篭の中の光から目を逸らそうとした。
しかし、その光は彼の心を掴んで離さない。
「帰りたい……」彼は弱々しく呟いた。
ところが、その声は届かぬまま、光は彼を深い闇の中へと引きずり込んでいった。
彼は抵抗を試みたが、計算されたように、意識が遠のいていく。
不安な気持ちがずっと彼を抱いていた。
それは、間に挟まれた現実と幻想が折り重なった、奇妙な束縛だ。
その時、彼の目の前にあった光は急に消え、篭も闇に飲まれた。
健二は気を失い、何も見えなくなった。
そして、彼が目を覚ました時には、実家のリビングは元通りの静けさに戻っていた。
ただ、篭はどこにも見当たらず、何もかもが白けた空間に変わっていた。
結局、健二は家を出ていった。
けれど、彼の心の中には、篭の中にあった不思議な光や母親の笑顔、そして認識できなかった恐怖がずっと残り続けていた。
そして、彼はその後、もう二度と実家に戻らなかった。
何かが彼をそこから守ったのか、それとも、戻ること自体が彼にとって禁忌だったのか、彼にはわからなかった。