在(あらため)という名の大学生は、ある晩、友人たちと飲んだ帰り道、ふと駅の近くにある古い宿屋を見つけた。
その宿の外観は朽ちかけており、地元の人々からは「悪霊が宿る」と言われるほど不気味な存在だった。
だが、興味本位で中に入ることを決意した。
在は、何か特別な体験ができるのではないかと期待を抱いていた。
宿の中は薄暗く、木の床がきしむ音だけが静寂を破っていた。
ふと、壁には古びた写真が飾られているのに気がついた。
その写真には、宿を経営していたと思われる老夫婦が写っていたが、目は空虚で、まるで宿の闇に吸い込まれてしまったかのようだった。
在は気味悪さを感じつつも、宿の気に引き寄せられるように奥へ進んでいった。
宿の主人と名乗る中年の男が現れ、「ようこそ、いらっしゃいませ。ただいま一部屋だけ空いています」と言った。
その声にはどこか低い響きがあり、在は不安を覚えたが、好奇心が勝り、彼はその部屋で一夜を過ごすことにした。
鍵を受け取り、部屋に入ると、室内は古い時代のものばかりで、安心できる気配はなかった。
やがて、宿の中にいた他の客も何かに引き寄せられるように部屋へ集まり始めた。
彼らは皆、どこか不安を抱えている様子だったが、その理由は誰も口にしなかった。
夕方の薄暗い光の中、在はひとり、居心地の悪さを感じつつもその場に留まっていた。
すると、ふと耳にした声が聞こえてきた。
「ここは僕たちの償いの場所。逃げることはできない。」
目を向けると、先ほどの宿の主人が不気味に笑っていた。
在の背筋を凍りつかせるような視線が彼に向けられる。
次第に、他の客たちも彼をじっと見つめていた。
その瞬間、在は自分を包み込むような不気味さに覆われ、心がざわざわとする。
自分がどのような罠にハマってしまったのか、少しずつ理解し始めた。
夜が深まるにつれ、宿の空気がさらに重く感じられるようになった。
在は、他の客たちの恐れを感じ取り、彼らもこの宿に囚われているかのようだった。
逆に彼らの視線の先にいた在は、「私は逃げられる」とつぶやいたが、その言葉に自信が持てず、心の中で不安が膨れ上がった。
そのとき、宿の主人が再び現れ、「宿泊者の皆さん、これから償いの時です」と告げた。
すると、暗がりから甘美な声が響きわたり、「お前たちの罪を受け入れる心の準備はできているか?」と問いかけてきた。
動揺した在は、その声の正体が気になり、さらに部屋の奥へと引き寄せられるように進んで行った。
その瞬間、在の足元が急に崩れ、彼は地面の穴に落ちていく感覚を覚えた。
まるで無限の闇から引きずり込まれるように思えた。
彼は必死に手を伸ばしたが、周囲は暗闇に覆われていて、誰の助けも得られなかった。
不安と恐怖が混ざり合った心情の中、彼ははっきりと言った。
「私は逃げるから!」
その瞬間、声が彼の耳元で囁いた。
「逃げられない。宿の者となり、人々の償いを見届けなければならない。」恐怖が彼の心を締め付ける。
次第に無数の影が彼の周りを包み込み、在は恐怖で全身が硬直した。
そんな中でも、唯一覚えていたのは、あの宿の主人の冷たい笑みだ。
彼が完全に闇に飲み込まれかけたその時、意識が一瞬戻った。
彼は宿から逃げ出すための策を考え始めた。
その瞬間、またしても暗がりの影が渦巻いて、悠久の運命が彼を捉えていく。
そして、彼はそのまま宿で永遠に償いの日々を過ごす宿泊者となることを理解した。
在の旅路は、もはや実体を持たない罪の囚人としての人生が始まった。
彼はその不気味な宿で、訪れる者たちを見つめながら、自らが受け入れた恐怖を語りかけ続けるのだった。