山の奥深くにある古い寺。
その寺は、長い歴史を持ちながらも、人々からは次第に忘れ去られていた。
境内には大きな石灯篭が立ち、周囲には静けさが漂っていた。
人々はこの寺が持つ信仰の意味を伝え聞いてはいるが、その実体を確かめようとする者はほとんどいなかった。
ある日、大学生の翔は友人の真由美に誘われ、寺を訪れることにした。
彼女は、寺には不思議な現象があると話しており、好奇心旺盛な翔はその話に興味を持っていた。
特に、「口」という現象があるという話に心を惹かれた。
「口」とは、寺の奥にある古ぼけた仏像の前に人が集まり、周囲の者がその像に向かって祈ると、「計」らしき声が響くというのだ。
寺に着いた二人は、周囲の静けさに少し緊張しながらも、仏像の前に立った。
真由美は湧き上がる興奮を隠しきれない様子だった。
「誰かが実際にこの声を聞いたことがあるのよ。ほんとに不思議な体験だと思う」と彼女は言った。
翔は、いったい「口」とはどんな現象なのか、声の正体は何なのか、と考えながら仏像に向かって手を合わせた。
すると、周囲の空気が一変し、大きな静寂が訪れる。
まるで時間が止まったかのようだった。
「お願い、何か聞かせて」と真由美が息を呑むような声で呟いたその瞬間、暗い山の奥から微かに何かが響いてきた。
「計るのは、信じることから」という声が、まるで誰かの囁きのように響き渡った。
そしてその声は次第に大きくなり、まるで何かに呼ばれているかのような感覚が翔を包んでいく。
翔は恐れを覚えた。
周囲はますます静まり返り、仏像の前に立つ二人だけが異常に目立っている。
「信じることから…何を信じればいいの?」翔は心の中で叫んだ。
しかし、すぐにその問いの答えが見つかることはなかった。
もう一度、彼は声を発した。
「口をもって語るとは、どういうことですか?」と。
すると、不思議なことに、声が何か反応するかのように響いた。
「計ってみろ、そなたの信じるものを…」それは今までにない、不安定で神秘的な声だった。
翔と真由美は目を見合わせた。
彼らは自分たちが何か大きな力の前にいることを直感した。
真由美は、恐怖心が芽生えつつも、「翔、私たち、もっとここに留まろう。もしかしたら何かがわかるかもしれない」と言った。
その瞬間、境内の風が強く吹き始め、仏像の周りはまるで人々が集まってきたかのような気配を感じた。
「信じられるか、それが試される時だ」という声が再び身体を包み込む。
翔は心の中で何かが共鳴していることを感じ、急に何かに引き込まれるような衝動に駆られた。
真由美が突然姿を消した。
翔は彼女を探すために必死になって境内を走り回ったが、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
「誰かが、誰かが引き込まれたのか…」翔は恐れと不安に襲われ、再び仏像の前に戻った。
そこで彼は、真由美が消える直前に言った言葉を思い出した。
「信じること、計ること、口をもって語ること…それが私たちの信仰なのよ」と。
その言葉が心に深く刻まれ、翔は自分の心の中で何かを決意した。
翔は再び声を発した。
「信じます。私たちの過去や未来、否定しない、自分を信じます」と。
その瞬間、風が止まり、あたりが静まり返った。
翔の周りに不思議な光が集まり、再び声が響く。
「信じる者に道は開かれん」
やがて真由美が戻ってきた。
彼女は驚いた表情で翔を見つめ、「戻ってきた、何が起こったの?」と問いかけた。
翔はほっと息をつきながら、「わからないけど、信じることが大切だってことがわかった」と答えた。
寺を後にする二人は、心の中に新たな信仰を抱き、その夜の不思議な経験を決して忘れないことを誓い合うのだった。