離れた村に、かつての栄光を思い出す者はほとんどいなかった。
しかし、その村には一つの奇妙な言い伝えが語り継がれていた。
それは、村の中心にあった神社に奉納されていた「気」の宿る物に関するものであった。
誰もが恐れたその物は、「依言の箱」と呼ばれていた。
箱はその名の通り、依り代として神様の言葉を届ける役目を果たしていたが、その一方で決して開けてはいけない罠でもあったのだ。
ある晩、東京から引っ越してきた中学生の佐藤和也は、幼なじみの村田美咲と共に、村に伝わる怪談話を楽しむことになった。
二人は、村の廃れた神社に肝試しに行くことを決めた。
「依言の箱って、本当にあるのかな?」と美咲が尋ねると、和也は「あるとしたら、すごく怖いだろうね」と話しながら、少し興奮した様子だった。
夜が深まり、二人は神社にたどり着いた。
古びた神社は月明かりの中で不気味な影を落としていた。
「こんなところ、やっぱり不気味だな」と美咲がつぶやくと、和也は「早く依言の箱を見に行こうよ」と気を引き締めた。
神社の奥には薄暗い社があり、和也はその中にある箱を見つけた。
小さな木製の箱は、埃まみれで静かに佇んでいた。
「これが依言の箱だ…」と和也はつぶやく。
箱には神秘的な文字が刻まれており、見る者に不気味な感覚を与える。
「開けてみようよ」と美咲が言うが、和也はためらった。
「でも、開けるのは危険だって村の人から聞いたことがある。罠かもしれないから…」
美咲は興味津々で、「ちょっとだけ、見てみたい」と言い、和也の手を引いて箱の蓋を開けようとした。
しかし、和也は強く抵抗した。
「本当にやめたほうがいい!」と言いながら、彼女の手を離さない。
突然、二人の周囲が異様な静けさに包まれた。
その時、箱の中から奇妙な音が響き、周囲の空気が変わった。
神社の境内全体が不気味に揺れ、逃げ場を失ったような感覚が二人を襲う。
和也と美咲は恐怖に震えながら、その場から逃げようとしたが、足が動かない。
「これが依言の箱の罠だ…」和也は意識が遠のいていくのを感じた。
その瞬間、神社の空間が急に歪み、美咲に異様な幻影が見えた。
「私たちを助けて!」と声が響き、彼女は思わず叫ぶ。
しかし、彼女の目の前に現れたのは、依言の箱から出てきた一つの影だった。
影は無言で彼女の近くに迫り、冷たい手で触れてくる。
恐怖に駆られた美咲は振り向き、和也の目を見つめた。
「どうする、和也!」と叫ぶが、彼は既に意識を失いかけていた。
「依り代」として、二人はその影に取り込まれてしまう運命を背負ってしまったのだ。
和也は暗闇の中で囁くような声を聞いた。
「あなたたちは、この村の物の一部となる。私たちを解放しない限り、永遠にこの罠から逃げることはできない」と。
意識が次第に薄れていく中で、美咲は自分と和也の過去を思い出した。
「私たちは、絶対にこの村を離れたかったのに…」その時、彼女の心に力が湧き上がった。
和也のことを思うと、彼女は強い決意を持つ。
「私たちは孤独じゃない!」と叫び、和也の手をつかんだ。
二人はその瞬間、箱の呪縛を打ち破る力を得たかのように、一斉に箱に向かって声を合わせた。
すると、影が怯み、不気味な風が神社を吹き抜けた。
「私たちはここから出る。あなたの罠には負けない!」と。
そして、強い意志が波動となり、二人は神社の境界を超えた。
その刹那、依言の箱が砕け散り、神社は静寂の中へ戻った。
和也と美咲は無事に出口を見つけ、村を離れることができた。
その後、村の誰もが依言の箱の存在を忘れ、二人の恐怖体験は語られることなく消えていった。
しかし、彼らの心の中には、依り代として囚われた時間の記憶がひっそりと沈んでいた。
彼らの絆は深まったが、まさに「離れた場所にあった恐怖」をいつまでも心の奥に抱え続けた。