「人形の呼び声」

静かな田舎町にある、ひなびた温泉宿。
その宿は、日々の喧騒から離れ、ゆったりとした時間が流れていたが、ある夜、若い男女が宿に泊まることになった。
彼らの名前は、佐藤健一と山田美咲。
健一は大学生で、美咲は学生時代からの友人だった。
二人は、日々の疲れを癒すために、温泉宿を訪れたのだ。

宿は古い木造で、周囲は静寂に包まれていた。
露天風呂に入ると、満点の星空が二人を待っていた。
二人はお互いに心を開き、楽しい時間を過ごした。
しかし、夜が更けるにつれて、宿の雰囲気が徐々に変わり始めた。
黒い雲が空を覆い、風が不気味に吹き荒れる。

食事の後、健一はふと宿の奥の方にある「絶対に近づいてはいけない部屋」という張り紙を目にした。
興味が湧いた彼は、美咲に提案した。
「ちょっと探検してみようよ。」美咲は不安そうな顔をしたが、健一の好奇心に負けて彼に従うことにした。
二人は、宿の廊下を静かに進んで、意を決してその部屋の前に立った。

部屋の扉は、古びた錆びた鍵で閉ざされていた。
しかし、健一は「ちょっと待ってて」と言って、近くにあった道具を使い、扉をこじ開けようと試みた。
すると、突然、冷たい風が吹き抜け、扉が意外にも音を立てて開いた。
二人は息を飲んで、中に入った。

薄暗い部屋には、一つの古い木製の箱が置かれていた。
興味津々で近づいた二人が箱のふたを開けると、そこには奇妙な形をしたこけし人形が入っていた。
健一はその人形を手に取り、覗き込んだ。
「なんでこんなものがここに?」彼の声は不安げだった。

その瞬間、部屋の空気が変わり、周囲の温度が急激に下がった。
美咲は恐れを感じて後退した。
「もう出よう、なんかおかしいよ。」しかし、健一は人形に強い興味を持っていて、手放す気配がなかった。

「大丈夫だよ、面白そうじゃん。」そう言いながら、人形を持ったまま外に出ようとした瞬間、突然、部屋の扉が閉まり、光が完全に消えた。
辺りは暗闇に包まれ、二人は恐怖で震えた。

その暗闇の中で、健一は人形から微かな声を聞いた。
「お前たち、私を求めたのか?」彼は恐怖で声を失った。
美咲は「お願い、出して!」と叫んだが、声は耳に届くことなく消えた。
二人は手を取り合い、何とか扉を開けようとしたが、どうにもならなかった。

しばらくして、部屋の中に不気味な光が現れ、その光の中に影が浮かんだ。
それは幼い女の子の姿をした霊だった。
彼女は彼らの方をじっと見つめ、言った。
「私を見つけてしまったのね。」

恐怖を感じる健一と美咲は、持っていた人形を強く握りしめた。
彼女は再び言った。
「その人形をわたしに返せば、二人を解放してあげる。でも、それには代償が必要よ。」

二人は互いに見つめ合った。
彼らは人形を手放すか、それとも永遠に閉じ込められるのかの選択を迫られていた。
時間が経つにつれ、光は強くなり、影の姿も大きくなっていった。
美咲は恐怖心から、思わず叫んだ。
「あなたは誰なの?どうしてこんなことを!」

女の子はゆっくりと答えた。
「私は、宿に迷い混んでしまった。この人形が呼ぶ者を求めている。その人形を持っている者に、過去の思い出を与える代わりに、初めに選んだものを奪うの。」その瞬間、健一は人形が持つ恐ろしい力に気づいた。

「私たちは帰るべきだ。」健一はどんどん後退した。
「人形を返す必要がある。」

美咲はその決意に共感し、二人は人形を再び箱に戻した。
すると、暗闇が和らぎ、光が二人を包み込んだ。
扉が開いた瞬間、彼らは急いで外に飛び出した。

宿の廊下に戻ると、周りは静かなままだった。
しかし、二人は何かが変わったと感じた。
彼らは互いに、もう二度とあの部屋に近づかないと誓い合った。

温泉宿を後にした二人だが、心の奥には霊の声と人形の影が決して消えることはなかった。
彼らの中に残る「絶対に近づいてはいけない部屋」の記憶は、恐怖だけでなく、いまだ消えぬ重さを持っていた。

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