夜、静まり返った町外れにある廃屋。
そこは、かつて一家が幸せに暮らしていた家だったが、ある日、不幸な事故で一家全員が命を落としたと言われている。
以後、その家には邪悪な噂が立ち、誰も近寄らなくなった。
一人の大学生、田村翔は、友人たちと肝試しをするためにその廃屋を訪れることにした。
彼の友人、佐藤美咲は、心霊現象や怪談が好きで、いつもその手の話に興味を示していた。
翔は半ば付き合いで、心霊スポットに挑戦することになったのだった。
夜になると、懐中電灯の明かりが廃屋の壁を照らし出し、仲間たちの笑い声が響く。
ドアを開くと、埃まみれの部屋に薄暗い空気が漂っていた。
美咲は興奮して周囲を見渡し、「本当にこんなところに人が住んでいたのかな?」と驚いた様子だった。
他の友達もまた、好奇心で満ち溢れていた。
しかし、翔は不気味な気配を感じていた。
友人たちが楽しそうに笑っている傍ら、彼は心の奥底で何かが間違っていると感じていた。
すると、美咲が突然立ち止まって何かを見つめ始めた。
「翔、あそこに何かある!」と彼女は叫んだ。
翔が振り向くと、薄暗い部屋の隅に、古ぼけた玩具が転がっていた。
それは、かつて子供たちが遊んでいたであろう人形で、今ではひび割れた顔と汚れた服を纏っていた。
しかし、その人形の目が、何か異様な光を放っているように感じた。
「気持ち悪いな、捨てちゃおうよ」と翔が言ったが、美咲は人形を手に取った。
「絶対に何かこの家にまつわる物だよ!」彼女はその人形を抱きしめると、急に顔色が変わった。
「なんだか、この人形が私を呼んでる気がする……!」
翔は心配になり、「やめた方がいいよ、美咲」と言ったが、美咲はもうその言葉を聞いていない様子だった。
彼女はじっと人形に目を凝らし、まるで何かに導かれているかのように見えた。
その瞬間、部屋の空気が凍りつくように感じた。
さっきまでの明るさが消え、廃屋の中は完全な闇に包まれた。
翔が懐中電灯で周囲を照らすと、薄い霧のようなものが立ち込めてきた。
友人たちの声もいつしか聞こえなくなり、ただ美咲の不気味なつぶやきが響く。
「私、ここにいるよ……出ておいで……」
恐怖に駆られた翔は廃屋の出口を目指した。
しかし、彼の足はまるで動かないかのように重く感じ、何度もつまずいた。
やがて、美咲の声がさらに大きくなり、まるで何かが彼女を包み込むように、周囲の空気が渦を巻き始めた。
彼は必死になって声を上げた。
「美咲、戻ってきて!これは危険だ!」すると、美咲はゆっくりと振り返り、目が真っ白になっていた。
「翔、私を助けて……私、もう帰れないの……」
翔は目の前で起こっている現象が理解できなかった。
一体何が起こっているのか、どうすれば良いのか。
彼は人形から目を離すな、と心の中で叫んだ。
だが、それも無駄な抵抗のように思えた。
美咲は不気味な笑みを浮かべ、再び人形を抱きしめた。
「この子と一緒にいたいの……」その瞬間、廃屋が揺れ動き、翔は目の前が真っ暗になった。
次の瞬間、彼はその廃屋の外に立っていた。
しかし、美咲の姿はどこにもなかった。
凍りつくような静寂と恐怖が彼を襲った。
仲間を置いて逃げてきたことに罪悪感を抱えながら、翔はただ前に進むしかなかった。
美咲は、その人形の「望」に囚われ、永遠に戻って来ることはないのだと、彼はその瞬間に悟った。
あの廃屋には、もう二度と近寄ることはできなかった。