原という小さな町に、あまり知られていない存在があった。
町の外れに位置する井の水は、清らかな水源として評判だったが、その水には一つの恐ろしい噂があった。
「悪を祓うための力を持つが、触れた者には恐ろしい運命が待つ」というものだった。
ある晩、普通の高校生である健二は友人からその話を聞いた。
興味を持った彼は、仲間たちと共に夜の井へ向かうことに決めた。
町の人々は、その井を避けるようにしていたが、彼らの若さと好奇心は、それを乗り越える原動力となった。
井に着くと、月明かりに照らされた水面は穏やかで、まるで何かを呼び寄せるような静けさを漂わせていた。
健二は友人たちと共に、水辺に近づき、「誰か水に手を入れてみてよ」と言った。
冷たい水は彼の指先に触れ、ほんのりとした感覚が全身を巡った瞬間、彼は皆の顔を見ると、異様な恐怖感が心に広がった。
友人たちの中の一人、亮は勇気を振り絞り、井の水に手を浸けた。
その瞬間、井の水面が激しく波立ち、奇妙な音が響き渡った。
「め、世、の…」という呪いのような言葉が、彼らの耳にこびりついた。
亮は驚き、手を引っ込めたが、もう遅かった。
彼の表情が一瞬で変わり、何かに取り憑かれたようになった。
「何かおかしいぞ」と健二が言った。
しかし、亮は無言で、まるで別の存在に操られているかのように呆然と立ち尽くしていた。
仲間たちは恐れを抱き、逃げ出そうとしたが、健二の足は重く、動かない。
その後、亮は周囲の友人たちを見つめ、「この井の悪は、私たちを試すためにここにいる。私たちが過去に犯した罪を、浄化させようとしているんだ」と言い放った。
その言葉が、友人たちの心に重くのしかかる。
皆は自分たちの内に秘めた悪を思い出し、絶え間ない恐怖に苛まれた。
夜が更け、冷たい風が吹き抜ける中、健二は恐怖で動けなくなった。
井の水はさらに波立ち、亮の声は不気味に響いた。
「この井の水を恐れずに受け入れなければ、私たちは永遠に囚われるのだ。」
その瞬間、亮が井に手を戻すと、周囲が真っ暗になり、彼の姿が徐々に消え始めた。
友人たちは、彼が何かに引き寄せられていくのを見て、恐怖で悲鳴を上げた。
健二は必死に亮の手を掴もうとしたが、もう彼の手には届かなかった。
「俺、助けてくれ!健二、お願いだ!」亮の声は悲痛だったが、次第に声がかき消され、井から湧き上がる冷たい霧に飲み込まれてしまった。
翌朝、健二たちが町に戻ると、誰も亮のことを覚えていないようだった。
彼はまるで元々存在しなかったかのように、町の人々の記憶から消え去っていた。
そして、健二の心には罪の意識が刻まれ続けた。
彼は常に、「悪を祓うはずの井が、実はその者自身が悪であったのかもしれない」と思うようになった。
それ以降、健二は井に近づくことはできなかった。
原の町では、人々がその井を避けるようにして暮らし続けている。
健二は、自らの中に宿る影を恐れながら、何もかもを忘れられずに過ごしていた。
井の水は今も、彼に呼びかけているようだった。
その声には、「め、世、の…」という不気味な言葉が、静かに響き続けていた。