「争いの霊」

夜が深まり、静寂に包まれた山道を一台の車が走り抜けていた。
運転していたのは、高校時代からの友人である佐藤だった。
大学進学を目指して意気込む彼は、明日の受験のための最終確認をするため、仲間たちと共に集まっていたのだ。
しかし、その日は特別な日ではなかった。
友人たちの間には、ささやかな争いが生じていた。

「お前、絶対合格するわけないだろ」と、冗談まじりに言ったのは、田中だった。
その一言が火種となり、皆の間には小さな亀裂が生まれ始めた。
佐藤は、それを気にせず、ただ道を行くことしか考えていなかった。

車は、気づかぬうちに、見えることのない目的地へと向かっていた。
だが、次第に周囲の景色が変わり始め、周囲には別の何かが待ち構えているかのようだった。
彼らは思わず話を止め、車窓から外を凝視する。
暗い森の中からは、異様なほどの静けさが漂い、どこか不穏な空気が感じられた。

運転する佐藤は、恐る恐る言った。
「こんな道、俺、知らないんだけど…」すると、後部座席の鈴木が笑いながら言い放つ。
「もしかして、迷ってるのか?」

笑い声が車内に響いたが、その瞬間、前方に薄暗い影が一瞬だけ見えた。
「ほら、お前が運転下手だからだろ」と、田中が挑発するが、佐藤はその影を見逃さなかった。
彼は視線を前に戻し、少し緊張した表情を浮かべた。

その影は、まるで彼らを待ち構えているかのように、その場に留まっていた。
車が近づくにつれ、影は徐々に形を整えていく。
目の前に現れたのは、古びた姿の女性だった。
彼女は静かに立ち尽くし、着物を着たその姿は異様に映った。
佐藤は一瞬目を逸らすが、田中が興奮しながらも言った。
「車を止めろ!見るぞ!」その言葉に促され、佐藤は急いでブレーキを踏んだ。

車は音を立てて止まり、友人たちは一斉にその女性を見つめる。
しかし、彼女は無言のまま彼らを見つめ返してきた。
こわばった空気が車内に充満する。
鈴木が「下りようぜ」と提案するが、誰も口を開こうとはしなかった。
彼女の視線に触れるうち、彼らの心の中に秘めていた争いが徐々に表面化し始める。

「怖がっているのはお前だけだ、田中!」鈴木が言った瞬間、田中は感情を抑えきれず、「てめぇ、何がわかるんだよ!」と大声で反論した。
争いはエスカレートし、彼らの心の奥深くに抱えていた嫉妬や競争心が生まれ、ついには言葉の殴り合いに発展した。

その時、女性が一歩前に進み、まるで彼らに警告するかのように手を差し出した。
佐藤はそれを見て背筋が凍りついた。
そして、信じられないことに、彼女が「散り散りになれ」と言葉を発した気がした。

その瞬間、車内の雰囲気が急変した。
彼らの間に漂っていた争いの影が、彼女の言葉によって更に強くなった。
争いはまるで燃え上がる火のようで、彼女の言葉がそれを煽っているかのようだった。

気がつくと、車内は静まりかえり、誰もがこの異様な状況に戸惑っていた。
佐藤は恐怖と混乱に支配され、その場から逃げようとアクセルを踏み込んだ。
しかし、車はその場に拘束されているかのように動かなかった。

「これはお前のせいだ、田中!」鈴木が叫び、また争いが始まった。
だが、彼らの言動は薄い空気の中でどこか空虚に響いていた。
やがて彼らは消耗しきり、車の中で身動きできなくなった。

その瞬間、女性の姿が霧のように消え、車は一瞬にして暗闇に包まれた。
彼らは次々と視界がかすみ、意識が遠のいていく。
議論や争いの声は徐々に薄れ、彼らの心に潜む争の影だけが根強く残っていた。

車がその場から去っても、彼らの心の中には「争うこと」の恐ろしさが深く刻まれ、消えることはなかった。
その夜、彼らは各々の道を散り散りに去って行くのだった。
そして、その争いを知る者は、今もなお誰もいない。

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