「レモンパイの呪縛」

レトロな雰囲気を持つ町に、一軒の古びたレストランがあった。
その名も「レモンパイ」。
経営者は、かつて一世を風靡したシェフの佐藤で、彼は独自のレシピで作るレモンパイが評判だった。
しかし、彼の店は奇妙な噂が絶えなかった。

ある夏の夕暮れ、大学生の秋山は、友人たちとそのレストランに足を運んだ。
特に理由はなかったが、彼らの間では少しした冒険が必要だと感じていたのだ。
「あそこ、ちょっとやばいらしいよ」と友人の裕子が言った。
話によれば、レモンパイを食べた人は、その後必ず奇妙な体験をするというのだ。

しかし、秋山たちはそれを気にすることなく、レストランのドアを押し開けた。
入ると、内部は薄暗く、懐かしい雰囲気が漂っていた。
壁には小さな写真が飾られ、どれも佐藤シェフが若い頃に取られたもので、彼がかつての輝きを失った姿を示しているようだった。
彼らはカウンターに座り、早速レモンパイを注文した。

やがて運ばれてきたレモンパイは、見た目には美味しそうで、甘酸っぱい香りが漂ってきた。
友人たちはそれに夢中になり、あっという間に食べ終えてしまった。
だが、食べ終えた瞬間、何かが秋山の心をざわつかせた。
彼は妙な気配を感じ、周囲を見渡したが、誰も不審には思わないようだった。

それからしばらくして、秋山はなにもないはずのレストランの隅で、人影をちらりと見た。
まるで誰かが微かに自分を見ているような、それでいて完全に姿の見えない何かが。
彼は不安に駆られ、裕子に声をかけたが、彼女はむしろ楽しそうにしている。
「ここ、面白いよね」と笑っていた。

しかし、秋山はなにかが悪い方向に進んでいるのだと感じた。
薄暗い中、レストランの壁が微かに動いているように見える。
レモンパイを食べてから、自分の感覚がどこかおかしいと感じ始めた。
食の興奮の後、次第に恐怖が彼を襲う。

「おい、ちょっと外に出ないか?」秋山はスタッフに断りを入れて、友人たちを促した。
しかし、裕子たちはまだその場所を離れようとしなかった。
「もう少し居たい」と彼女たちは言った。
秋山の心はますます不安になり、彼はとうとう一人で外に出ることにした。

外に出ると、一瞬の静けさに包まれた。
だが、すぐに背後から声が聞こえた。
「助けて…」その声は、何か必死に訴えかけるような響きがあった。
秋山は思わず振り返ったが、そこには誰もいなかった。
彼の心は恐怖でいっぱいになり、すぐに中に戻ろうとしたが、ドアは固く閉ざされていた。

再び声が響く。
「レモンパイを食べたなら、私を助けて…」その声はどこか懐かしい響きがした。
秋山は心臓が高鳴り、恐る恐るレストランの中を覗いた。
他の友人たちはまだその場にいたが、今度は明らかに何かに取り込まれたような表情をしていた。

「これは…本当におかしい」秋山は彼らに向かって叫んだ。
しかし、その声は彼女たちには届かなかった。
裕子の目は空虚で、まるで何かに取り憑かれたように動かない。
秋山の背後からは再び声が聞こえてきた。
「私を呼んだのか?」

彼は急いでドアを叩き、必死で助けを求めたが、誰も彼を助けることはなかった。
レストランはまるで生きているかのように、彼を遮断しつつあった。
その時、彼はただレモンパイを食べたことが、恐怖の始まりだったと理解した。

その後、秋山の姿を見た者はいなかった。
ただ、町に残るレモンパイの評判は変わらず、死んだような真剣な表情でレストランを訪れる人々の姿があった。
それを食べた者に共通して現れる恐怖の影——それは、レストランが呼び寄せた霊の仕業だったのだ。

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