ルという町には、数十年前から「怪の伝説」と呼ばれる恐ろしい噂が広がっていた。
この町では、平和な日常が送られているように見えるが、実はその裏には忘れ去られた恐怖が潜んでいた。
伝説によると、怪とは町の境界である「な」の存在を操る霊的な存在で、時折この町に足を踏み入れた者を恐ろしい世界へと引き込んでしまうのだという。
主人公は30歳の会社員、斉藤健一。
健一は残業に追われる日々を送り、平穏無事な生活を送っていた。
しかし、ある夜、終電を逃した健一は、町外れのルにある古びた公園で時間を潰すことにした。
その公園は人通りも少なく、夜の静寂が不気味さを増幅させていた。
「このまま待っていても仕方ないか」と、健一は携帯電話を取り出し、友人に電話をかけようとした。
その時、ふと彼の目に入ったのは、彼の足元に咲いている赤い花だった。
公園の片隅で、他の植物とは明らかに異なるその花は、周囲の闇の中で異様に際立っていた。
「不気味な花だな……」と思った瞬間、背後から微かな声が聞こえた。
「助けて……」という女性の声。
健一は振り向いたが、そこには誰もいない。
恐怖を感じた健一は、その場を立ち去ろうとしたが、ふと視線を感じ、花の方を再び見た。
その花はまるで彼を呼び寄せるかのように、彼を引き込んでくるようだった。
思わず近づいてみると、花は健一の目の前で揺れ、その瞬間、視界が暗転した。
気がつくと、彼は異世界にいるようだった。
景色は変わり果て、色彩が消え、ただ淡い霧に包まれた世界に立っていた。
平面であるはずの地面には、無数の顔が浮かび上がっており、まるで彼を憶（おも）い出されるように、何かを訴えかけてきた。
「私は……誰だ？」と呟くと、恐ろしい声が響き渡る。
「ここは「な」の界。
あなたは怪に取り込まれたのだ。
」瞬間、恐怖が襲い、体の力が抜けた。
耳鳴りがし、視界が揺らぐ中、懐かしい友人の顔が浮かんできた。
彼は何故か、この声と同じように消えてしまった人たちの姿を認識していた。
何かが彼の心を掻きむしる。
「この町に関わってはいけなかった。平和は幻想だ。」その言葉が頭の中に残り、彼は再び花の記憶を思い出す。
「あの花が、私を呼んだのか？」健一は恐怖の中で、必死に自分を取り戻そうと奮闘した。
「逃げなければ……」と心に誓い、彼はその場を離れようとした。
しかし、怪の存在が現れ、彼を捉えた。
「お前も、我が「界」の一部となるのだ！」空間が揺れ、彼は捕まる直前に強い意志で自分を振り絞った。
「広がる円の外に出るんだ！」と自らに言い聞かせ、ついに異界から抜け出すことができた。
次の瞬間には、健一は再び公園に立っていた。
夜の静寂は変わらず、彼の心には重たい不安が残った。
彼は気づいた。
恐怖がどこにでもあること、そしてその影が不気味に彼を見つめていることを。
その日以降、健一は以前のように平和な日常を送ることができなくなった。
町の雰囲気が若干変わったように感じ、見えない何かに怯えながら生活する日々が続いた。
彼は永遠に「怪の伝説」の中で生き続けるのだと、心の底で理解していた。
彼の背後に微かに感じる不安の影は、今も彼の人生を包み込んでいる。
