静かな夜、田中家はいつもと変わらず穏やかだった。
家族はテーブルを囲み、夕食を楽しんでいる。
しかし、どこからともなく響く「カチカチ」という音が、家の中に不気味な空気を漂わせる。
田中の妻、明美はその音が気になり、何度も見回したが、特に異常は見当たらなかった。
その音は、まるで電気が流れるようなリズムで、家の隅のほうから響いていた。
明美は「ちょっと様子を見てくるわ」と言い、立ち上がった。
彼女は音のする方へ向かい、電気のスイッチを引っ張った。
すると、部屋が薄暗くなる。
電球の調子が悪いのか、とも思ったが、音は収まらなかった。
キッチンの引き出しや戸棚を開けるたびに、何かがこちらを見ているような感覚に襲われる。
「お母さん、何してるの?」と子供の声がして、明美はその場から離れることにした。
「何でもない、ちょっと見回していただけよ」と返事をし、子供たちの居るリビングへ戻った。
翌日、田中は仕事から帰宅すると、家庭に流れる空気がいつもと異なることに気づいた。
明美はぼんやりとした表情をしており、子供たちも普段通りの元気がない。
それはまるで、何かに取り憑かれたような雰囲気だった。
「どうしたんだ、みんな?」田中が尋ねると、明美が小さく息を飲んだ。
「夜、ずっとあの音がしてるの。気味が悪くて……」田中は心配になり、音の元を探ることにした。
音は電線が走る天井の方からだと彼が思い至ると、心のどこかがざわついた。
夜が訪れると、田中は子供たちを寝かしつけた後、再び音の元へ向かう。
今度は耳を澄ませ、具体的に音を掴もうとしていた。
すると突然、音が途切れた。
「どうしたんだ?」彼は不安になり、思わず声をあげた。
すると、再び音が響き始めた。
「キキキ……」と、まるで何かが緊張しているかのような音だった。
そのとき、階段を上がる足音が聞こえた。
田中は背筋を凍らせた。
音の方向を見ると、暗い廊下の向こうから白い影がこちらに近づいてくるように見えた。
彼は思わず後退り、懐中電灯を取り出して明かりを照らす。
その瞬間、影がパッと消え、「キキキ」という音がさらに強烈になった。
田中は恐怖に駆られ、電球を押し込むようにしてスイッチを入れた。
明かりがちらつき、今までの静けさが一気に引き裂かれた。
そこで彼は異変に気がつく。
電気の配線が異常に焦げていて、壁に黒いシミが広がっていた。
だが、印象に残るのはそれだけではなかった。
家の中には、誰もいないはずなのに、感じる「視線」があった。
その夜、田中は明美にこのことを話し、二人で電気屋に相談することにした。
すると、電気屋の店主は静かに言った。
「その家、最近なにかありましたか?この音は、霊のしるしかもしれません。」田中は心がざわめくのを感じた。
霊?そんな話は信じられないと思いつつも、心の奥に潜む恐怖を感じざるを得なかった。
家に帰ると、明美はすでに何かを感じている様子だった。
「私も、何か変だって思う。多分、あの音のせいだと思う」と彼女は呟いた。
日が経つにつれ、音はますます頻繁に聞こえるようになり、ついには家の中の電気製品もおかしくなり始めた。
ある晩、田中はとうとうそれに立ち向かうことを決意した。
「この家に何かいるのを見つけ出す」と。
彼は懐中電灯を手に持ち、再び廊下を進む。
音はますます強くなり、まるで彼を誘っているかのようだった。
その瞬間、彼の視界の隅に影が動くのを見た。
恐怖の底に眠るかのような、存在感の濃いそれは目を凝らすと、じっとこちらを見ていた。
「何か言いたいのか?」と問うと、「キキキ」と低く囁くような声が影から漏れた。
田中はその瞬間、全てを理解した。
家が彼らを受け入れているのでも、閉じ込めているのでもない。
単にこの場所が、彼らを見守っているだけなのだ。
彼は心の中から湧き出る恐怖を振り切り、「帰る」という心の声を導きに変え、家族でこの場所から逃げ出す決意を固めるのだった。