「なだれ荘の囁き」

小さな町の外れにある古い文化財、なだれ荘。
そこは、かつて名家によって建てられ、今では訪れる人もまばらになった場所だった。
周囲は何もなく、入るのに一瞬躊躇うような印象を受ける。
この場所にまつわる怪談は、町の人々の間で密かに語り継がれていた。

主人公の田中修一は、大学生であり、心霊スポット巡りを趣味としていた。
修一は「なだれ荘」に興味を持ち、友人たちを連れてその場所を訪れることを決めた。
集まったのは、彼の親しい友人たち、佐藤真紀と山本健二だった。
彼らは心霊現象に興味津々で、修一の提案にワクワクしていた。

夜、彼らは懐中電灯を手にし、なだれ荘の入口に立った。
だだっ広い空間に足を踏み入れると、内部は薄暗く、不安な気配を感じる。
壁には、長年の風雨にさらされた跡が残っており、その色はひどくしおれた印象を与えた。
修一は興奮と恐怖の入り混じった感情を抱えつつ、先へ進む決意を固めた。

彼らが廊下を進み、奥の部屋に辿り着くと、そこには古びた鏡があった。
鏡は薄汚れ、亀裂が入っていたが、彼らはその前で記念撮影をすることにした。
修一がカメラを構えた瞬間、背後でなにかが動いた気配がした。
振り向くと、誰もいないはずの廊下に人影が見えた。
しかし、それは一瞬のことで、すぐに影は消えた。

真紀はその影を見て驚き、声を上げる。
「何かいたよ!どうしよう!」健二は嬉しそうに笑って、心霊スポットの怖さを楽しんでいた。
「おい、お前ら、怖がらないで記念撮影しようぜ!」と修一は笑いながら言ったが、内心は不安に満ちていた。

彼らが気を取り直し、再度写真を撮ろうとしたその時、鏡の中に人の顔が浮かび上がった。
真紀はそれを見て悲鳴を上げ、健二も恐怖のあまり後ずさりした。
修一は「冗談だろ、そんなはずはない」と信じられない様子で鏡を見つめた。

とはいえ、そこに映っていたものは、彼の目に明確に映り込んだ。
見知らぬ女性の顔、陰鬱な表情でこっちをじっと見ていた。
そして、その口元が微かに動いた。
彼女は何かを呟いていたが、その声は薄暗さの中でかき消された。
今、まさに悪の気配が彼らの周りを包み込む。

「出よう!もう怖いよ!」健二は叫び、急いで廊下へと逃げ出した。
しかし、出口を目指すにつれて、何かが彼らを阻むように感じた。
廊下が長く感じられ、見えない力に引き留められているようだった。

修一と真紀は健二を追おうとしたが、突然、真紀の足元から何かが引っ張るように感じた。
「私、無理!行けない…」彼女は地面に跪き、怯えた顔で訴えた。
修一は彼女に手を差し伸べたが、彼自身も恐怖にかられながらプリズンにすくみ上がった。
悪い運命が近づいてくる感覚を拭えずにいた。

廊下の先には、再びあの女性の姿が現れ、彼女は彼らに向かって手を伸ばしてきた。
その瞬間、修一の脳裏には彼女の過去がフラッシュバックのように浮かんだ。
何でもない日常を破壊するような、恨みの念。
その場が急に冷たく感じ、彼のお腹が冷えた。
女性はかつてこの家に住んでいたのか?彼女は今まで忘れ去られていたかもしれない運命に翻弄されているように思えた。

「逃げて!」修一は真紀と一緒に廊下を駆け出し、出口への道を必死で探した。
意識が薄れていく中で、彼は過去の語りと彼女の想念が交差する断片を感じた。
彼女は未解決のままこの世に留まっていたのかもしれない。

ようやく出口を見つけた彼らは、振り向くことなく駆け出した。
後ろから聞こえる女性の呼び声が耳に残り、その残響がしばらく尾を引いた。
なだれ荘を後にしたその瞬間、彼らは声が無くなると同時に、冷たい空気が徐々に温かくなっていくのを感じた。

悪の影は無かった。
しかし、彼らは今もうこの世から離れた誰かの運命を感じた。
今夜の出来事が単なる夢であったかはわからない。
しかし、彼らは一つの確信を持っていた。
心霊スポットには、都市伝説以上の何かが必ず存在するのだと。

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