「たまゆら荘の呪い」

東京の郊外にひっそりと佇む古いアパート。
「たまゆら荘」と名付けられたこの場は、長い間入居者が途絶えていた。
しかし、ある日、その不気味な住居に引っ越してきたのは、若い女性の佐藤由紀だった。
彼女は新しい生活を求め、東京での仕事と向き合うため、このアパートを選んだのだ。

由紀は、初めての一人暮らしに胸を躍らせていた。
周囲は静まり返っており、近くには住宅街や緑豊かな公園があった。
住人は少ないものの、静かな場所での生活は、彼女にとって心地よいはずだった。
しかし、アパートには一つ、不気味な噂があった。
それは、過去に住んでいた住人が失踪したという話だった。

ある夜、由紀はゆっくりと寝ついた。
夢の中で、彼女は誰かに呼ばれている感覚を感じた。
なぜかその声は遠く、心の奥に響いてくるようだった。
「助けて…」という囁き。
夢の中で目を覚ますと、彼女は真っ暗な部屋にいた。
目の前には、何も見えない空間が広がっていた。
電気をつけると、ただの静寂がそこにあった。

数日が経つにつれ、由紀は不気味な現象に見舞われるようになる。
夜になると、壁の向こうから何かが聞こえてくることが多くなり、時折、誰かが彼女の名前を呼ぶような声がした。
最初は気のせいだと思っていたが、声が呼び続けるたびに、彼女の心は不安で満たされていった。
誰もいないはずの場所から生まれる声。
由紀は、その声の正体を確かめることに決めた。

ある晩、彼女は手に懐中電灯を持って、音のする方へと歩き出した。
心臓が高鳴る中、彼女は録音機を持参し、壁を叩いてみた。
「いるの?」と問いかけると、静寂に包まれたが、次の瞬間、耳元で「いるよ…」という声が響いた。
彼女は驚き、後ずさりした。
自分の心が叫んでいるのを感じたが、何故かその声には拒絶できない引力があった。

翌朝、由紀は友人の高橋に相談した。
高橋はこのアパートについて知識があり、「そのアパートには不気味な伝説がある」と語った。
過去の入居者が失踪した理由は、アパートに住む「索女(さくじょ)の怨霊」によるものだという。
彼女は生きていた頃、愛する人に裏切られ、自ら命を絶ってしまった。
そして彼女の恨みは、今もなお住民に影を落としているのだと。

由紀は恐怖心に駆られつつも、敢えてもう一度声を聞く決心をした。
夜が訪れ、彼女は再び壁の前に立った。
「あなたは誰?」と尋ねると、壁を叩く音が響いた。
すると、突然、目の前に薄い人影が現れた。
女性の姿で、やがて彼女の目は冷たく、哀しみに満ちた表情を浮かべた。

「私は…助けてほしいの…」その声は由紀の心に真っ直ぐ届いた。
彼女はその瞬間、同情と恐怖が入り混じる感情を抱いた。
この女性の叫びには、何か真実が隠されていると感じたからだ。

由紀はこの事態を放置できないと決心し、アパートにまつわる過去を調べ始めた。
資料を集める中で、「索女」にまつわる悲しい物語が明らかになっていった。
彼女は愛する者と結ばれず、その恨みを抱き続け、かつての自分の姿を求める存在になってしまったのだ。

こうした事情を知った由紀は、彼女を解放するための儀式を行うことを決意した。
数日後、薄暗い部屋でお香を焚き、彼女の思いを込めて呼びかけた。
「どうか、私をあなたの存在から解放してください。」その瞬間、壁が揺らぎ、女性の姿が再び現れた。

「私を解放してくれるの?」彼女は悲しげな笑みを浮かべた。
由紀は静かに頷いた。
「あなたの苦しみを理解する。だから、もう一度生きることを選んでください。」女性は涙を流しながら、静かに頷いた。
その瞬間、彼女の姿は徐々に薄れていき、壁も静かに戻った。

翌朝、由紀は心地よい目覚めを迎えた。
アパートは静まり返っている。
彼女は過去の囚われから解放されたと実感し、暖かい光がこぼれる窓を見つめた。
索女の影は消えたが、彼女の哀しみを抱くことで、由紀は新たな一歩を踏み出す準備が整ったのだった。

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