「さまよえる霧の村」

深い森の奥に、昔から“さ”と呼ばれる村があった。
村人たちは特に外部との交流を避け、閉ざされた生活を送っていた。
彼らは、村の周囲に“まれ”に現れる霊に対する恐れから、決して足を踏み入れないようにしていた。

ある晩、大学生の美咲は、友人たちとの肝試しとして村に足を運ぶことになった。
友人たちはそれが無謀だと警告したが、美咲は好奇心に勝てず、友人のあかりと共に村の入り口に向かった。
村の様子は静まり返っており、彼女たちの動く音だけが響いていた。

「怖いな、でも、ちょっと行ってみようよ」と美咲は言った。
あかりは不安そうに眉をひそめたが、彼女の強い意志を見て少し頷いた。

二人は村の中に進んでいくと、徐々に奇妙な跡に気づき始めた。
それは地面に深く刻まれた足跡であり、形が不自然だった。
美咲は「これ、何かの動物の跡かな?」と首を傾げたが、あかりは目を逸らした。
「いいえ、これは人間の足跡よ。でも、なんだか変ね。」

それでも二人は恐怖よりも興味が勝って、さらに村の奥深くへと進んだ。
深い霧が村を包み込み、視界が悪くなっていく。
しかし、村の静けさには何か不気味なものが潜んでいた。
美咲は「大丈夫、ちょっとだけ探索しよう」と言ってあかりを促した。

やがて村の中心にたどり着くと、古びた社が目に入った。
その周囲には濃い霧が立ち込め、まるで異次元との境界を示すかのようだった。
美咲は「ここで何か起きてる気がする」と興奮して呟いた。
あかりは不安を抱えていたが、友人の様子に引かれるように社の中へと足を踏み入れた。

中には古い祭壇があり、その上には手作りの人形が置かれていた。
あかりは「これは一体…?」と驚き、手を伸ばそうとした。
しかし、急に周囲の空気が変わった気がした。
静寂の中、どこからともなく声が聞こえてきた。
「戻れ…戻れ…」

二人は恐怖に駆られ、急いで社を後にした。
しかし、外に出た瞬間、何かが二人を襲った。
後ろから押し寄せるように、霧が彼女たちの周りを囲んでいった。
美咲は「あかり、逃げよう!」と叫んだが、二人の足はすくんで動けなかった。

その時、“まれ”に現れる霊が姿を現した。
顔が歪み、不気味な微笑みをたたえた女性だった。
彼女はゆっくりと近づき、「罠にかかったのよ」と囁いた。
美咲はその言葉を聞いて、何か悪い予感がした。
彼女たちはこの村に足を踏み入れたことで、霊の世界に誘い込まれたのだ。

美咲はその場から逃げ出そうとしたが、足跡が絡みつくように彼女を引き留めた。
“さ”の村は彼女たちを罠として仕掛け、逃げられないよう手を引いていた。
霊はさらに近づき、「私の代わりに、この村に残りなさい」と言った。

あかりは恐怖に震えながら、美咲の手を握った。
「何とかしよう、美咲!」美咲は必死に考えた。
彼女には過去に、霊の存在に導かれた曖昧な記憶があった。
それは村の伝説と関係しているかもしれなかった。
美咲は、自らの運命を切り開かなければならないと感じた。
彼女は思い切って大声で叫んだ。
「私たちはこの村に来たわけじゃない、帰る権利がある!」

その言葉が響いた瞬間、霊の姿は揺らいだ。
村の霧が一瞬晴れ、二人はその隙間をついて逃げ出すことができた。
村の外に出ると、息を呑むような静けさが戻ってきた。

振り返ると、村は完全に消え去っていた。
二人は異次元のような恐怖から解放され、安堵のため息を漏らした。
しかし、その後の生活の中で、美咲は時々不思議な影が自分を見ていると感じることがあった。
彼女は気づいた。
「あの村は、ただの村じゃなかった。私たちはその罠に一度引っかかってしまったのだ。」彼女たちの記憶の奥に、ささやかな恐怖が静かに残り続けることになった。

タイトルとURLをコピーしました