美しい町の中心には、誰もが知る繁華街が広がっていた。
その中に一軒の小さな喫茶店「くれは」がある。
静かな雰囲気と、こだわりのコーヒーが評判で、常連客も多かった。
しかし、最近この店に通うようになった新しい客、美恵はその店に秘められた悪の存在に気づいていた。
美恵は、落ち着いた雰囲気の中でコーヒーをすすりながら、忙しく働く店主の姿を観察していた。
彼の手元には常に一対の小さな、黒い石が並べられていた。
それは何か不気味なオーラを放っており、美恵はその石を見つめるたびに、胸の奥に恐怖感が広がっていくのを感じた。
ある日、友人の佐藤が美恵を訪ねてきた。
彼女は普段からこの喫茶店を絶賛し、何度も美恵を連れて行った。
「ここのコーヒーは絶対に飲む価値があるよ!」と、心底魅力を感じていた様子であった。
しかし、美恵はその店の背後に潜む悪の影が気になっていたため、誘いを断り続けていた。
しかし、彼女の好奇心は次第に勝り、ついに「くれは」に足を運ぶことになった。
香り高いコーヒーを前に、美恵は決して口にできない特別な一杯を選んでしまった。
コーヒーを飲むと、彼女の体に不気味な違和感が広がり始めた。
まるで彼女の体の中に暗い何かが入り込んできたかのようだった。
「どう? 美味しい?」と佐藤が笑顔で尋ねると、美恵は何も答えられなかった。
代わりに、頭の中には、あの黒い石がよぎる。
店主の瞳が、まるで彼女を見透かすように光っているのを感じ、心底恐れを抱いた。
その夜、美恵は悪夢にうなされた。
夢の中で、彼女は町の向こうにある古い神社を歩いていた。
神社の周辺には、かつて人々が恐れた伝説が息づいていた。
「神社に近づく者は、悪の象徴を受け入れなければならない」というものだ。
彼女はその言葉を思い出し、恐る恐る神社の中に入ってしまった。
神社の境内は不気味に静まり返り、どこかから低い囁き声が聞こえてくる。
「代を払え…」と、その声は彼女を刺激し、心臓が高鳴った。
美恵は逃げ出そうとするが、足が動かず、目の前にはあの黒い石が浮かんでいた。
急に視界が暗転し、何もかもが飲み込まれるような感覚に襲われた。
気がつくと、美恵は再び「くれは」に座っていた。
しかし、時刻は深夜を過ぎており、周囲には誰もいなかった。
静寂の中で、彼女は静かにコーヒーをすする。
口にした瞬間、かつての美味しさは失われ、代わりに悪意に満ちた苦さが広がった。
美恵は目の前の店主が放つ不気味な笑みを見つめた。
「あなたはもう、私のものだよ」と、彼は低い声で囁いた。
そして、腕の中には美恵を取り囲む何か暗いものが寄り添っていた。
彼女はそれが彼女自身に徐々に浸透していく感覚を覚え、心の中の何かが変わり果てていくのを実感した。
自分の存在が、店主と同化していく恐怖。
美恵はその後、決してこの町を離れることができなかった。
彼女は「くれは」の一部として、美味しいコーヒーを追い求める者たちに、悪の存在を広める役割を担うことになった。
町の人々はただの噂話だと笑い飛ばしながらも、次第に「くれは」に近づく者たちが代わる代わる喪失していくことには気づいていた。
町はそのまま時間を重ね、美恵の暗い悪の寄生が静かに広まっていった。
彼女はその全てを見守りながら、黒い石を手にする店主と共に、悪の象徴として生き続けた。