田んぼの真ん中には、ひときわ大きな古い木が立っていた。
その木は村人たちにとっては神聖な存在であり、周囲には数々の伝説が語り継がれていた。
しかし近年、村では不穏な現象が相次ぎ、特に夜になるとあの木の周りを避ける者が増えていた。
ある夏休みの夕暮れ、大学から帰省した真一は、友人の浩司と共にその木のことを思い出した。
「あの木、ちょっと見に行こうぜ」と浩司が提案した。
真一は、村の噂を聞いたことがあるが、好奇心が勝り、二人は田んぼへの道を進んだ。
古木のそばに到着すると、風が心地よく吹き抜けた。
しかし、まるでその場の空気が変わったかのように、周囲は急に静まり返った。
真一は木のトンクに手を触れると、何かが背筋を冷たくさせる感覚を覚えた。
「なんだか変だな」とつぶやくと、浩司も同意し、「帰ろうか」と言った。
しかし、そこで何かが彼を引き止めた。
その時、不意に木の幹に小さな文字が浮かび上がった。
「蔽(おおい)」とだけ書かれていた。
二人は驚き、その文字の周りをじっと見つめた。
「これ、なんだ?」浩司が言った。
「お前、漢字知ってるか?」
真一はうなずき、「蔽は隠す、覆う、という意味だ。もしかしたら、この木に何か隠された真実があるのかもしれない」と考えた。
二人は興味を抱いて、周囲を探し始めた。
木の基盤あたりには、古びた石碑があった。
そこにも不明瞭な文字が刻まれていて、ほとんど読み取れなかった。
「この碑、何て書いてあるんだ?」浩司は言い、二人はそれを磨こうと石の周りを掘り始めた。
その時、突然、周囲の田んぼが揺れ始めた。
二人は驚き、足元が崩れるかのように感じた。
木の根元からは黒い影が広がり、二人は恐怖に駆られた。
「逃げよう!」浩司が叫び、真一も同意した。
しかし、どうにも足が動かない。
その時、背後の木から声が響いた。
「お前たちがここに来るのを待っていた。」その声は女性のもので、低く、冷たい。
その瞬間、木が揺動し、太い幹の部分から無数の文字が浮かび上がってきた。
「この田を蔽い、あなたたちを散らす、時が来るまで。」もう一度、二人は恐怖に圧倒された。
真一と浩司は目を閉じ、全てを忘れようとしたが、どこからともなく澄んだ声が耳に届いた。
「真実を見つけよ。霊の悲しみを知ることで、解放される道が見える。」二人はふと目を開けた。
その瞬間、見覚えのある文字が田んぼの土に現れた。
「真実は、お前たちのすぐそばにある。」
何かに取り憑かれたかのように、二人はその文字を追いかけ、ふと田んぼへ目を向けた。
まるで境界が曖昧になったかのように、周囲の風景が歪んで見え、異次元に引き込まれてしまったようだった。
一瞬の静寂の後、田んぼは元の風景に戻り、二人は無事に立っていた。
しかし、あの木やその声はもう遠くに消えていた。
そして真一の手には、不気味な黒土で形成されたドラグーンが現れ、浩司の胸元には古い草のように見えるものが絡みついていた。
その晩、二人は悪夢を見た。
木が真一に語りかけ、浩司を蔽うように影が伸びていくのを。
彼らは朝になると、それらが永遠に続く夢であることに気付いた。
そして、真実とは何だったのかを知ることなく、彼らは田んぼの向こうへと散り散りに消えていった。
村の人々はその後、二度とその田に近づかなくなったという。